ガザ 困難を乗り越える人々
撮影:ハイディ・レヴィーン(Sipa Press)

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ガザ市近郊のシュジャイヤ。パレスチナ女性ヒジャ・アトラシュが崩壊した街を見下ろしている。イスラエルが警告していた砲弾が彼女の家に落ちた後、国連学校への攻撃が開始され、彼女は家族とともにすぐに避難した。戻ってきて、彼女たちは家が壊滅していることを知った。パレスチナ軍が発射した砲弾はイスラエルを直撃し、イスラエルは空爆を再開した。短い停戦期間は終わりを告げ、家族は再び避難しなければならなくなった。

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シュジャイヤ近郊で白旗を掲げたパレスチナ男性が走っている。この場所はイスラエルの激しい砲撃を受けた。イスラエルによるガザ東部への攻撃により、少なくとも50人のパレスチナ人が亡くなった。停戦合意がなされるまで数千人のパレスチナ人が避難所に駆け込み、遺体は収容されることもなかった。

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ハーンユーニスにある病院の死体安置所でシェイフ・アドナン・ラエド(中) がイスラムの教えにのっとって亡くなった男性の体を洗っている。この男性は、昨夜ハーンユーニスのビーチ沿いにあるカフェでイスラエルの空爆に合い亡くなった。ラエドは、現場で見た遺体のほとんどが重度の火傷を負い、爆発によって体がばらばらになっていたと話した。すべての死者がこの体を清める儀式を受けられるわけではない。イスラム教の決まりでは、火傷をしたり切断された遺体にこのような儀式を行うことはできない。パレスチナ ガザ地区ハーンユーニス

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2度にわたるイスラエルの空爆が彼女の住むアパートを直撃し、ラウヤ・アブ・ジョン(17)は重症を負った。3人のいとこと妹は亡くなった。彼女の顔は榴散弾を受けて、負傷した。両足には穴が空き、右手の骨は砕けた。パレスチナ ガザ地区ガザ

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モウサ・スウェイダン(50)がガザのシャーフ近辺にある父親の家の一室を歩いている。15人いる家族はイスラエル軍が戦車で付近に侵攻してきた時に家から逃げ、国連学校に避難した。パレスチナ ガザ地区ガザ

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ネトレアム・ネツレアムが1歳の娘の亡骸を抱いている。この女の子は木曜午後に起きたイスラエルによる空爆で負傷し、その翌日に亡くなった。ガザ南部のラファフで埋葬される前に、娘との最後の別れを惜しんでいる。イスラエルは金曜の朝早く、ガザへの地上攻勢を強め、戦車と歩兵隊を投入しハマスと激戦を繰り広げた。パレスチナ ガザ地区ラファフ

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イスラエル海軍の砲撃により、ガザの港で亡くなったパレスチナの少年の葬儀で、悲しみに打ちひしがれている親族。この攻撃で他にも子供が亡くなっている。ハマスが停戦案を拒否した後、イスラエルに数十発の砲弾を撃ち込んだことを皮切りに、イスラエルはハマスのリーダー宅を爆破し、攻勢を強めた。パレスチナ ガザ地区ガザ

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アルカサムモスクの瓦礫のなかからイスラム教の聖典を探すパレスチナの子供たち。パレスチナ ガザ地区ヌセイラト難民キャンプ

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ガザのサジェリアのモスク。アミール・アリーフとムスタファ・アリーフの葬儀で、親族が祈りを捧げている。この兄弟は、ガザの東のはずれにあるサジェリアの付近でイスラエルのドローン攻撃の犠牲になり亡くなった。パレスチナ ガザ地区ガザ

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家族写真を撮るために、戦争の傷跡が残る実家の応接間でパレスチナ人の花嫁アナ・ハラザン(24)が椅子に座り待っている。この後、花婿が迎えに来て一緒に式場に向かう。この家は、昨年の夏にイスラエルとハマスの支配するガザとの間で起きた戦争で大部分を損傷した。パレスチナ ガザ地区シュジャイヤ近辺

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早朝、光が射す室内の台所部分で、部屋の住人ラムバ・カファナが生まれて間もない赤ちゃんに乳を与えている。最近起きた50日戦争により、このようが状態になってしまったが、彼女たち家族と同じくこの家もまた戦火を生き抜いた。パレスチナ ガザ地区シュジャイヤ近辺

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片腕を失い複数の傷が残るナビル・シヤム(34)。その傍らには唯一生き残った息子のバドゥルディン(5)がいる。服を着ていないのは、傷の範囲を見せるためだ。昨年夏に起きた戦争中の7月21日、自宅の外にイスラエルの爆弾が落ち負傷した。この爆発によって、ナビルの妻シリーンと4人の子供が亡くなった。また、同じく家にいた2人の兄弟とその妻2人、彼らの子供のうち3人が亡くなった。バドゥルディンは腎臓を失った。パレスチナ ガザ地区ラファフ

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お風呂上がりに傷を負った3歳のシャリフ・アル・ナムラが、祖父に服を着せて貰っている。去年の夏のイスラエルとハマスとの戦闘中、イスラエルのロケット弾が彼の家族に直撃し、シャリフの足は吹き飛ばされた。母親は両足を失い、父親は片足を失った。この出来事が起きた8月1日は、夏の戦争中でも最悪な状態が続いていた期間で、ブラックフライデーと呼ばれる。この日だけで、ラファの周辺で130から150人のパレスチナ人が亡くなった。地下トンネル事件によって停戦が破棄された最中に起きた出来事である。家族は家の近くで爆破が起きた後、少しでも安全な場所へ逃げようとして足を失うことになった。父親は11歳の妹、それから兄(もしくは弟)とその妻を亡くした。パレスチナ ガザ地区ラファフ

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パレスチナ人女性ザハール・カファナと子供たち。霧が立ち込める、今にも崩れそうな家で、ザハールはおこした火に息を吹きかけながら食事の準備をしている。この家もまたイスラエルとハマスの間で起こった51日戦争でこのような状態になった。彼女は「他に行く当てもないからここで暮らすより他ない」と話した。パレスチナ ガザ地区ベイトハヌーン