すでに多くの地域で気候変動や海面上昇の被害が頻発している。
ガンジス川が流れ込むデルタ地帯で故郷を追われる人々の姿。

写真・文/アルカ・ダッタ
Photo & Text by Arka DUTTA

雨期の満潮時、浸水している西海岸の村で、水没しかけている家に向かう女性。浸水する領域は毎月、毎年、広がり深くなっていく。写真はすべてモウスニ島、西ベンガル州、インド。2016年9月16日
雨期の満潮時、浸水している西海岸の村で、水没しかけている家に向かう女性。浸水する領域は毎月、毎年、広がり深くなっていく。
写真はすべてモウスニ島、西ベンガル州、インド。2016年9月16日

消えゆくデルタ地帯

地球はどんどん熱くなっている。氷は溶け、水は膨張し、海面は上がっていく。海の領域は増え、堤防は浸食され、住民は難民になる。これは地球上、いたるところで起きていることだ。コルカタにある私の家の近くでも起きている。そのうち私にも影響をおよぼすだろうし、やがて地上のすべての人々に影響をおよぼすだろう。

一か月前のモンスーン到来時に逃げ出した自分の家の前で、物思いに沈む男性。現在は遠方のケララ州の建設現場に出稼ぎに行っている。2016年9月16日
一か月前のモンスーン到来時に逃げ出した自分の家の前で、物思いに沈む男性。現在は遠方のケララ州の建設現場に出稼ぎに行っている。
2016年9月16日

インドのガンジス川とその支流が作り出す大デルタ地帯(三角州)は、6万平方キロ(東京都の26倍)の面積を持つ、平坦で広大な大地だ。デルタ先端のベンガル湾沿岸は、網の目のように張り巡らされた川や大きな川筋、大小さまざまな島、砂州がもつれ合うように連なっている。ここはスンダルバンスと呼ばれる地域で、世界最大のマングローブ林やジャングルが広がる。ベンガルトラをはじめ多種多様な動植物が生息している自然の宝庫だ。しかし同時に、土地の浸食や沈下、崩壊が今もっとも懸念されている場でもある。世界の気象や環境の研究者は、スンダルバンスを「気候変動が如実に観察できる場」として、注視している。
スンダルバンスは二国にまたがる。東側はバングラデッシュ、西側がインド。今回取材した危機に直面しているモウスニ島は、インド側の西のはずれにある。インド側のこの海域ではすでに水没した島もあるという。

モンスーンが来て水位があがってきたので、防波柵の補強をする村人たち。2017年8月7日
モンスーンが来て水位があがってきたので、防波柵の補強をする村人たち。2017年8月7日

島を追われる人々

モウスニ島は南北に13キロ、東西は一番太いところでも4キロほどの小さな島。侵食の被害が多発しているのは、西側のベンガル湾に面した村々だ。最初に島を撮影したのは2016年9月だったが、雨期が終わるころということもあり、どこも水浸しだった。取材中に満月をひかえた大潮の日には、海面が一段と上昇し、村々や土手を削り取ってゆく。岸辺には波が次から次へと押し寄せ、水しぶきが土手や壁にぶつかって跳ねあがり、白い泡が辺りに渦巻いていた。外壁が一面しか残っていない家、すでに打ち捨てられた家、住人のいなくなった集落もあった。
翌年8月にはモンスーンの時に取材した。波はどんどん高く激しくなり、防波堤を破壊し、土手の砂をさらっていった。村人が懸命に防波堤を補強していたが、それも5、6か月ほど持ちこたえればいいそうだ。防波堤はイギリスの植民地時代からのもので、かなり傷んでいたが行政に放置されていた。
モウスニ島の住人は01年の統計では3340世帯2万13人だが、現在は不明。西海岸の村人たちは内陸部に移動した人が多いが、西隣のサガー島、あるいは東隣の本土に向かった者もいる。女性と子ども、老人は内陸部にとどまり、男性だけが出稼ぎに出るケースも多い。本土まではボートで数十分ほど。バスを利用し町に出れば、汽車で大都市コルコタまで数時間だ。
驚くべきことに、乾季には島のキャンプ場にコルコタなどから家族連れや若者が遊びに来る。美しい夕焼けや数々のビーチ、のどかな雰囲気などを絶賛するコメントが、旅行サイトにいくつも残されている。

村人がいなくなり、荒廃した西海岸の村。外壁だけを残した家の残骸が見える。2017年9月20日
村人がいなくなり、荒廃した西海岸の村。外壁だけを残した家の残骸が見える。2017年9月20日

次々と襲う自然災害

インド東沿岸部やバングラデシュはもともと自然災害の多いところで、6月から9月までの雨期には、風雨をともなった季節風のモンスーンが襲い、いたるところで洪水を起こしている。
その上に熱帯性低気圧のサイクロンが頻発するようになった。以前は雨期の前後だけだったが、気候変動のせいか、近年は雨期の最中にも到来し、規模も増した。大型のサイクロンは3年に一度は大きな被害をもたらす。
09年に島を襲ったサイクロンは農耕地に海水を流し込み、漁船を奪い去った。これらに加えて、先述の満月や新月の前後に起きる大潮も、時には大きな災害になる。13年の春には水位が5メートルから6メートルに達し、島には黒い水があふれた。収穫をひかえていた水田の稲も全滅した。現在、塩分に強い稲の品種改良が進められているが、収穫は心もとない。以前の二毛作で潤ったころを懐かしむ村人は多い。

ネコともトラともつかない動物の死体が浮いている。ヒツジ、ニワトリ、イヌなども、しばしば満潮時に波に のまれて溺死する。2017年9月22日
ネコともトラともつかない動物の死体が浮いている。ヒツジ、ニワトリ、イヌなども、しばしば満潮時に波にのまれて溺死する。2017年9月22日

しかし根本的な大問題は、永続的な海面上昇だ。現在、世界の海面は毎年平均で2ミリ、この海域では3・14ミリ上昇しているという。海面上昇の原因はいくつか推測されるが、その一つは温暖化にともない水温が上がり、海水が膨張したこと。もう一つは温暖化で世界の氷河が溶解していることだ。実際、ヒマラヤ山脈の氷河は年間で470憶トンが消失しているという説もあり、溶け出た水がデルタに流れ込んでいると見られる。ヒマラヤは、モンスーンなどで夏に運ばれてきた雨が雪となり氷河になるのが特徴だ。それが温暖化で雨のまま降るようになり、氷河を溶解させるようになったという。さらに中国や近隣各国の大気汚染も、溶解に拍車をかける。
スンダルバンスやモウスニ島の現状は、地球に迫っている危機を語る黙示録だ。世界の人々はもっと敏感になり、地球の明日に視線を向けるべきだ。
(構成・翻訳/野口みどり)

アルカ・ダッタ
フリーランス・フォトグラファー。環境問題をはじめ、社会問題や各地の文化を撮影している。2016年のロンドン・フォト・フェスティバルでは、水辺部門で1位を獲得。