今年2018年は、イスラエルが誕生し、70万人のパレスチナ人が難民となった1948年から70年を迎える年です。この節目にぴったりの、広河隆一の小説『帰還の坑道』(2013年4月20日発売)について、読者の方から熱い感想メッセージが届きましたのでご紹介いたします。(本の概要、購入方法は最後をご覧ください)


初めまして。私は奈良県在住の主婦で、朝守双葉(あさもり ふたば)と申します。広河さんの『帰還の坑道』を、和歌山県で催された広河さんの講演&写真展で購入してすぐに読んで5、6年が過ぎました。そして今月11日にツィッターで感想を求めておられるのを読んで、このメールをさせていただきました。

『帰還の坑道』は読んでからずっと、折に触れて思い出し続けている一冊です。心に刺さっているとでも言うほかありません。広河さんのツィッターを読む数日前にも、私はこの本の一節を強く思い出していました。
そのときは夫と治安維持法の話をしていました。夫は弁護士で、法律事務所事務員を対象に小さな勉強会をしており、たまたま治安維持法をテーマにした回を終えたところでした。出席した女性の質問として「治安維持法で拷問をした警察官はそのことで精神がおかしくなったりはしなかったのか」というものがあったと彼は話しました。
拷問というと私は当然、第27章『針』で高見祐介が拷問を受ける場面を思い出したのでした。その場面は私の心を凍らせ続け、だからこそこの本を思い出し続けていながらも再びページをめくることを強くためらわせていました。
どうかこれが広河さんの実体験ではありませんようにと祈らずにいられないほどのリアリティーです。
それはただ怖いとか痛いとか恐ろしいとかいうところに留まらず、人間を狂気に陥らせる暴力というものが世界に住みついている歴史を思わせます。そして今、私たちが生身でその支配にさらされていることを思い出させます。

私はDAYSJAPANで広河さんたちが発表されてきた写真の中の人々を思います。
『帰還の坑道』の一冊ほぼすべてが、私にはまるで映画のようにきっちり映像を伴って鮮やかに脳裏に浮かぶのですが、そのイメージは彼らと混ざり合っています。
広河さんがそれらの世界を写真だけではなく小説という方法でも表現されたことにより、新たに感じたことがありました。
写真という、現実を写したものを見るということと、小説という創作物を自らの脳内で無意識に画像を作りながら読むこと。それらが並立して、さらに強烈なイメージが脳裏に刻まれるということです。
「多くの人間が慰みに虐殺された」エピソードのいくつか。DAYSには決して写真で掲載されない数々の出来事。私は広河さんの文章で、それを「見て」しまいました。身も心も凍りつき、見開いた眼から涙をとめどなく流すほかに何もできません。
しかし私はすでに、広河さんの写真や文章によって、凄惨さや残酷さを超えてさらに強く輝く光のような生命に触れています。だから私は、凍ったままではいないのです。今回『帰還の坑道』を感想を書くために再読して、私の心にもたらされたもの。それはまさに光でした。アナートがラジオで呟いた、コーランの言葉がそれでしたね。「最後に大好きな言葉光」ヌール。

この本からもたらされたヌールが私の心を照らしています。そのひとつはまず、10章『服喪の女』から。キャンプの人々がご馳走してくれたパレスチナ料理、秘伝のチーズ。子どもがタイコを持ち出し、朗々と語る老女。踊る娘。
「この爆撃と包囲と恐怖の中でよくもこんなに美しい表情をしていられるものだ」と書かれています。そのシーンは銃声で終わりを告げ、さらに印象的な場面へと導かれるのですが。食べるものをこしらえ、みんなで囲むこと。音楽を奏で歌い踊ること。そして性愛。美しさと悲しみが反転しながら詰め込まれたような、スピードあふれる鮮烈な章です。生命とはこういうことなんだと感じさせられます。

次に20章『切羽崩壊』から。ハドル青年の死と引き換えのように出水が止まったとき、ヤコブ老人が語ったこと。「人間が自分の生命を何かに賭けようという決意のようなものは、ここでは非常に単純な表れかたをする」「すべての人々の未来と自分が連なっている確信のようなものを抱」き、「人々の生命と幸せのために生きて死ねるような気になる」。国籍も身分も宗教も突き抜けて、あるアイデンティティを選びとる。そうすることにより、「死の瞬間を闘った」人間についてヤコブ老人は語りました。多くの人々が同じことを感じ、実際に世界中で戦っているのでしょう。そこに加わろうとすること、思いを寄せることが私を真に生かすのではないかと思います。今できていなくても、私にもすべての人にも、その可能性があると信じます。

ヤコブ老人はついに自ら語ったその言葉通りの痛ましい死を迎えることになりますね。第28章から30章にかけて、キャンプの人々が死の恐怖と絶望と恐慌に飲み込まれていくとき。目を覆うような小説中の描写が、実際に起きたことなのだという現実に再び打ちのめされます。
しかし同時に、「シャティーラの子どもたち」の奮闘が始まります。凄絶そのものなのですが、若い彼らの戦いぶりが読者を鼓舞するかのようです。また、非常な静けさとともに描かれていることがとても強く胸を打ちます。
アナートが迎えたはじめてのパレスチナの朝。彼女が見たのは大空を充たす無数の星、やがて金色から真っ赤に変わっていく暁光。風にそよぐ緑の糸杉の梢と深紅のアネモネ、アーモンドの花。
そのような、この世のものとは思えない光景が実は白い大地の本来の姿だという衝撃。そのような土地だったのに。なぜそこがこんなことに、という身をよじるような苦悩と悲しみが私をも襲います。

最終章『帰還の坑道』。改題されてこれが小説の題名となった言葉が『破断層』というもともとの題名とともに提示されます。改題によって、題に内包されたテーマとスケール感が変わったのではないかと私は思います。断層を破り突き抜けただけではなく、高見祐介には帰還する場所が与えられたのですから。
最後の場面で、高見が殉教者のハッタを肩にまとうのは象徴的です。彼はおそらくこの場所で死ぬのでしょう。それでも、「大地よ、我が血を覆うな 我が叫びに休み場所を与えるな」という言葉を受け入れるのですね。安息を与えられ、終わるのではないのですね。ローラの闘いが残された人々に引き継がれるように。「次はあたしたちが闘う番だからね」と歌う老女の歌声が流れ続けるかのように。

戦いは続いています。シリアが恐ろしいことになっています。巻末のあとがき(1987年)に広河さんが書かれているように、現実が「凄まじい速度で小説に追いついて」、さらに抜き去っていったということでしょうか。
今回の再読で1章に入った瞬間、私は反射的に手を額に当てて目を閉じずにはいられませんでした。そこがシリアのダマスカスだったからです。そのときは街に礼拝の声が響き渡り、近代化に向けた喧騒のまっただ中にあった。
なんということでしょうか。しかし、だからこそ今、広河さんがこのような形で読者たちに感想を求められた意味があるのでしょう。実際に私はそれでこの小説を数年ぶりに再読し、新たなものを与えられたのですから。アイデンティティを選びとっていかざるを得ない、私の課題を。そして、恐怖と苦悩の中でもさらに私たちを包むヌール(光)を。
ヤコブ老人の言った「すべての人々の未来と自分が連なっている確信のようなもの」は、私にはまだないのかもしれません。しかし、世界を見つめながら自らの生命をまっとうしていくしかないという決意だけは、小説『帰還の坑道』を読むから導き出されたと思うのです。それは大変なことです。その仕事を成し遂げられた広河さんに、感謝と賛辞を申し上げます。

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広河隆一著『帰還の坑道』
1948年、イスラエルが誕生し、70万人のパレスチナ人が難民となった。謎の失踪を遂げた友人の意志を継ぎ、ベイルートの難民キャンプ脱出用地下坑道作戦 に挑む技師・高見祐介。作戦はやがて、イスラエルによる占領と暴力への闘い、パレスチナ人の帰還への闘いへと繋がり……。パレスチナ取材47年の広河が描きあげた長編ロマン。

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