【メキシコ、クアトロ・シエネガス】
―38億年前、ここで生命が誕生した―

スペイン語で「4つの沼」を意味するクアトロ・シエネガスは、その名の通り東西南北を4つの沼で囲まれている。この一帯には200以上の泉が湧き、地球上でここにしかない生態系が残るが、この水脈がいま、急速に枯渇している。そこには、自然を守ろうと奮闘する生物学者たちがいる。

写真・文/ダヴィッド・ハラミージョ
Photo by  David JARAMILLO

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漠に点在する泉。これらの泉で酸素を生み出すバクテリアは、地球が経験した2度の氷河期と5度に渡る生命の大量絶滅をも乗り越え、38億年前から生息し続けている。白い円形の跡は、泉が干上がってしまった場所だ。写真はすべて、コアウイラ州、メキシコ。2014年9月10日
漠に点在する泉。これらの泉で酸素を生み出すバクテリアは、地球が経験した2度の氷河期と5度に渡る生命の大量絶滅をも乗り越え、38億年前から生息し続けている。白い円形の跡は、泉が干上がってしまった場所だ。写真はすべて、コアウイラ州、メキシコ。2014年9月10日

農地が水を大量消費
9割の泉が消滅した

初めて「砂漠のガラパゴス」と呼ばれるクアトロ・シエネガスの自然保護区に広がる石膏の砂丘について知ったのは、2009年だった。この珍しい地形がメキシコ北部コアウイラ州のチワワ砂漠にあると知り、胸が高鳴った。砂漠には、青く澄み切った泉が2 0 0か所以上に沸き、それらが地下の水脈で繋がっているという。
この地にすっかり魅了された私は、メキシコ国立自治大学の生物学者、ヴァレリア・ソウサ博士と、その夫で科学者のルイス・エグイアルテ氏に出会った。ソウサ博士は15年間、研究者チームを率いて、クアトロ・シエネガスの生態系について研究を続けている。彼らはこの地に生息するバクテリアを調査する、NASAのプロジェクトに招かれたのだ。
砂漠に点在する泉からは、38億年前の始生代に出現したというバクテリアが発見された。このバクテリアは光を使用して光合成し、地球に酸素を生み出した藍藻類(らん そう るい)だ。泉の中には、この藍藻類と泥粒等の堆積物が何層にも積み重なってつくられた、「生きた化石」と呼ばれるドーム状のストロマトロイトが生息する。ストロマトロイトの層を研究し、酸素発生から生命誕生までの謎が解ければ、地球上の生命誕生の謎も解けるかもしれない。

ポサ・アスル(スペイン語で、「青い泉」の意味)」。泉を囲むように点在するドーム状の物体がストロマトロイト。ストロマトロイトが淡水で原生しているのは、世界でクアトロ・シエネガスだけだ。2010年12月9日
ポサ・アスル(スペイン語で、「青い泉」の意味)」。泉を囲むように点在するドーム状の物体がストロマトロイト。ストロマトロイトが淡水で原生しているのは、世界でクアトロ・シエネガスだけだ。2010年12月9日
蛇のようにうねるメスキーテス川。地下水脈で泉とつながっている。2014年9月11日
蛇のようにうねるメスキーテス川。地下水脈で泉とつながっている。2014年9月11日
クアトロ・シエネガスだけに生息する「コンチャ・ブランダ(スペイン語で、「柔らかい甲羅」の意味)」と呼ばれるカメ。ひれ足の代わりに、かぎ爪をもつ。泉の水が涸れたら、絶滅する可能性がある。2013年9月27日
クアトロ・シエネガスだけに生息する「コンチャ・ブランダ(スペイン語で、「柔らかい甲羅」の意味)」と呼ばれるカメ。ひれ足の代わりに、かぎ爪をもつ。泉の水が涸れたら、絶滅する可能性がある。2013年9月27日

 

この謎に魅了され研究を開始したソウサ博士だが、程なくして、この一帯の水脈が枯渇の危機に瀕していることを知る。2500ヘクタールあったこの地域の泉がなんとこの40年間だけで、約90パーセントも枯渇してしまったという。それと同時に、この土地だけに生息する固有種(魚だけでも8種類)も絶滅の危機に瀕していたのだ。枯渇の原因は、この一帯でアルファルファ(注)を育てる農家が大量に水を使用していることだった。以後、博士は謎解きと同時に、クアトロ・シエネガスの環境保全を訴える活動にも着手し始めた。
クアトロ・シエネガスの住民は、水は無制限に湧いて出るものだと信じてきた。またそこでは、生態系の保全より、人間の利益が優先されると考えられてきた。そのため、環境保全を訴える人々と、アルファルファ農家の間で対立が起きた。
しかし私は、地域の環境を守ろうと研究する人々と地元住民との対立が、とても複雑なものだと気づいた。科学者たちは、泉の水が涸(か)れてしまわないようにと必死になっているが、農民たちもまた、アルファルファ栽培に代わる経済的資源がなければ、生き延びることはできないのだ。

注)ムラサキウマゴヤシ。マメ科。牧草として使われるほか、食用として芽と茎(スプラウト)の状態でサラダ等に使われる。クアトロ・シエネガスでは、おもに乳牛のエサ用に栽培されている。

水が枯れ、地表に晒されるストロマトロイト。2014年6月1日
水が枯れ、地表に晒されるストロマトロイト。2014年6月1日
石膏の砂丘。800ヘクタールもの広大な砂丘は、98パーセントの純度の石膏でできている。2012年3月5日 泉が干上がり、むき出しになったストロマトロイトの上に残った固有種のカメの骨。2014年9月14日
石膏の砂丘。800ヘクタールもの広大な砂丘は、98パーセントの純度の石膏でできている。2012年3月5日
泉が干上がり、むき出しになったストロマトロイトの上に残った固有種のカメの骨。2014年9月14日

 

ソウサ博士(右)と夫のエギアルテ氏
ソウサ博士(右)と夫のエギアルテ氏

環境と農の共存へ
働きかける学者たち

そこで、ソウサ博士たちは環境保全と同時に、地元の農家が環境を破壊することなく続けられる農業も提案している。メキシコで野菜として広く食されているサボテンの一種、ノパルの栽培だ。ノパルは降水量の少ない土地でも、乾燥や寒暖差に強く、栽培に大量の水を必要としない。
また環境保全の一環として、社会全体を変えるために、教育プログラムにも取り組んでいる。地元の学校で、子どもたちへ環境保全の授業をしたり、ワークショップを通して、子どもたちや地域住民にこの素晴らしい泉の正体について知ってもらおうと努めている。それがきっかけとなり、今では環境教育を受けた第一世代が大学に進み、地元の環境を守るために生物学を専攻している学生もいる。その中には、アルファルファ農家の子どももいるというから驚きだ。
しかし、ソウサ博士たちの試みが実を結びつつあるとはいえ、水の大地は今も刻々と乾き続け、生物は絶滅の危機に瀕している。この取材を通して改めて感じたのは、自然は私たち人間のためにあるのではなく、人間も自然の一部だということだ。だからこそ、私たちは自然を守らなければいけない。 (構成・翻訳/ノディ・イシドロ)

 

ダヴィッド・ハラミージョ
メキシコ生まれ。ジャーナリスト、写真家。1996年~2000年、メキシコ国立自治大学で、コミュニケーション科学を学ぶ。雑誌のフォト・エディターやスタッフ・フォトグラファーを経て、フリーランス。今回紹介のクアトロ・シエネガスの取材は、2013年から長期プロジェクトとして続けている。