話/ミコラ・トロンコ(ウクライナ内分泌代謝研究所所長)
写真・インタビューまとめ/広河隆一
コメント/崎山比早子(3・11甲状腺がん子ども基金代表理事、元国会事故調査委員会委員)
協力/和田 真、平野進一郎、田村栄治

甲状腺がんが脳にまで転移して14歳で亡くなったターニャの葬列。ドネツク、ウクライナ。1997年
甲状腺がんが脳にまで転移して14歳で亡くなったターニャの葬列。ドネツク、ウクライナ。1997年

発表される福島の被害は正しいのか

「子どもたちの甲状腺検査をすると、放っておいてもいいがんも多く見つかるので、かえって人々は不安になる。だから、あまり検査をしないほうがいい」というキャンペーンが現在、国や福島県によって進められている。実際、福島県小児科医会の太神和広会長は8月25日、検査でがんやがんの疑いと診断された患者が増え、県民に不安が生じていることを理由に、県に、子どもの甲状腺がん検査規模の縮小を含めた見直しを求める要望書を提出した。これを信用して大丈夫なのか。それで本当に子どもたちの健康と命は守られるのか。

それを知るカギはチェルノブイリにある。現地では、本当の被害規模はどれくらいだったのか。日本で伝えられている、小児甲状腺がんの患者6000人、死者15人という数字は正しいのか。ウクライナの小児甲状腺がんの権威ミコラ・トロンコ所長(ウクライナ語読みで、ミコラ・トロニコ氏とも呼ばれるが、これまでの一般的な呼び方を用いた)に話を聞いた。

その内容を紹介する前に、福島第一原発事故(以下、福島原発事故)の時に「専門家」によって私たちに知らされた数字を再考したい。

官邸ホームページが伝えた数字

2011年3月11日に東日本大震災が起こり、福島原発事故が発生した。瞬く間に原発は次々とメルトダウンを起こし、水素爆発が起こった。

事故発生からほぼ1か月後の4月12日、事故のレベルは国際原子力事象評価尺度(INES)で最も深刻な事故に当たる「レベル7」に引き上げられた。福島原発事故は、チェルノブイリ事故と同じレベルになったのである。

この直後の4月15日に、国民の不安を打ち消そうと、首相官邸のホームページに「チェルノブイリ事故との比較」という文が掲載された。

小児甲状腺がん6000人、死者15人はいつの数字か?

この文では「小児の甲状腺がんで……6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている」と書かれている。つまりチェルノブイリ事故被災地のウクライナ、ベラルーシ、ロシアでは、事故当時0歳から18歳以下だった小児および青少年のうち6000人が、その後甲状腺がんの手術を受け、官邸ホームページが書かれた2011年4月までに15人が亡くなったというのだ。

そしてチェルノブイリでの住民の被害者と死者はこれだけであり、福島事故では住民の被ばく線量も少ないし、チェルノブイリのように汚染された牛乳を無制限に飲まなかったので、問題ないはずだと言うのである。しかしこれを信じていいのだろうか。

この官邸ホームページの文章を書いた長瀧重信氏は、環境省の専門家会議(東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議)で、つい最近まで座長を務め、そこで福島県の小児甲状腺がん患者は絶対多発していないと、断言し続けた人物である。がんの多発が無いという考えを頑なに持ち続ける人物を座長にした重要な会議で、子どもたちの健康が守られるのか、そしてこうした人事をおこなった時点で、すでに結論が誘導されていたとは言えないか。

私が数字のからくりがあるのではないかと疑ったきっかけのひとつは、この官邸ホームページの中にある。ここには急性放射線障害での死者が28人と書かれているが、これは事故から3週間以内に死亡した人の人数(注1)で、それ以降に死んだ19人の死因には被曝との関係性は認められないという。同じ症状で134人が入院して、なぜ4週目以降の死者19人の死因は異なるとされたのだろう。これでは小児甲状腺がん患者数6000人も、死者数15人も、いったいいつの時点の数字かと疑いが出て当然ではないか。

ウクライナのこの分野の最高権威とされるトロンコ氏を首都キエフの内分泌代謝研究所(以下、内分泌研究所)に訪れたのは、今年7月9日だった。ここはウクライナにおける小児甲状腺がんの最高研究機関であり、ここで手術が集中的におこなわれ、小児甲状腺がんの統計を管理している。私はこれまで十回以上ここを訪れたが、その多くは支援のためだった。私が代表をしていたチェルノブイリ子ども基金は、最新式のエコー機械や手術後の子どもたちが毎日飲まなくてはならない薬などをここに送り、支援していたからだ。

チェルノブイリ事故後30年間の研究結果について語るトロンコ所長。キエフ、ウクライナ。2016年7月9日
チェルノブイリ事故後30年間の研究結果について語るトロンコ所長。キエフ、ウクライナ。2016年7月9日

◆ミコラ・トロンコ内分泌研究所所長「犠牲者は一方の側に、権力、臨床医、マスメディアは、もう一方の側にいた」

「チェルノブイリ事故から30年も経つのに、疑問がどんどん増えてくる」

トロンコ所長は、インタビューの冒頭で、次のように語った。

「チェルノブイリ事故から30年が経っても、私たちには分かったことよりも疑問の方が、次々に増えてきているのです」

私はこれまでほとんどの日本の「専門家」が、全て分かっているかのように話しているのを聞いてきたため、驚いて彼の顔を見た。

「私たちが、事故の公式発表を知ったのは5月7日(事故は1986年4月26日)でした。ノルウェーとスウェーデンで放射能レベルが上昇し、何かが起きたと気づいた米国議会が圧力をかけ、ゴルバチョフ(当時はソ連共産党書記長、後に大統領)に、テレビでチェルノブイリ事故が起こったことを認めさせたのです。事故の最初の数日間、すべての情報がトップシークレットの印を押されていたのです」

がんの多発と原因。福島での議論は、すでにチェルノブイリで起こっていた

現在日本では、甲状腺がんは過剰に検診するから見つかるのだとか、事故の放射能とは関係ないという説が専門家から強く起こっている。こうした議論はチェルノブイリでも起こったという。簡単に言うと甲状腺がんが本当に多発しているのか、検査機器が新しくなったため、以前は見つからなかったものが見つかるようになったのか、多発したとしたらそれは放射能のせいかどうかという問題だった。

トロンコ所長は、こうした議論は事故直後からあったという。

「当初から激論が闘わされました。事故の年(86年)か翌87年だったと思いますが、キエフのレーニン・ミュージアム、つまり現在のウクライナ・ハウスで、この問題について議論され、ロバート・ゲイル医師(注2)がスピーチをして、2000から2500人くらいの小児甲状腺がん患者が予想されると発表しましたが、それはあくまでも仮説でした。根拠はまだなかったからです。しかし、放射線医学の専門家でロシア科学アカデミーのレオナード・イリイーン氏とグスコバ氏(注3)は、完全にがんの多発論に反対していました。彼らは、広島と長崎、スリーマイル島やマーシャル諸島のデータを根拠に、多発はありえないと言いました。

事故2年目の88年には、チェルニゴフ(チェルニヒウ)で会議がおこなわれました。そこでも、甲状腺がんの多発説に反対の意見が出ました。イリイーン氏やモスクワの放射線医学センターの学者たちです。他の人たちは、どちらとも決めかねている様子で、まずデータを得てから結論を出すべき、と考えていました。それはとても白熱した議論でした」

被曝と多発の関係を立証へ

「何かしらの結論を導き出すためには、科学的に証明された事実が必要なのです。そして1991年当時、唯一科学的に証明されていた事実は、原発の東にあたるチェルニゴフ地域で、甲状腺がん患者が多発している傾向にあるということだけでした。それがスクリーニング効果なのか、放射能の影響なのか、私たちは確信をもてませんでした。

そのため私たちは甲状腺がんの子どもたちを経過観察し、グループ分けをし、分析をし、被曝と甲状腺がんの数との間の関係について調査をしました。年齢は0~14歳、15~18歳に分けました。とくに、0~5歳の子どもたちでは、被曝が1グレイ(注4)以上の子どもに、病気の増加が顕著でした」

チェルノブイリ子ども基金が提供したエコー機械で、甲状腺の検診を受ける子ども。1998年
チェルノブイリ子ども基金が提供したエコー機械で、甲状腺の検診を受ける子ども。1998年

スクリーニング効果?

もう一つ重要な問題があった。日本人を含む専門家たちは、放射能のせいだとするとこんなに早く甲状腺がんが多発するわけはないと主張した。今ではチェルノブイリ事故から4、5年目にようやく多発が確認されたと専門家たちは言っているが、当時は多発さえ認めないという国際的な傾向があった。90年から91年にかけて、国連のIAEA(国際原子力機関)は国際諮問委員会(IAC)の重松逸造委員長(元広島放射線影響研究所理事長)に調査をおこなわせ、91年5月に次のように発表している。

「住民には……放射線被曝に直接原因があると見られる健康障害はなかった」
「がんや遺伝的影響の自然発生率が将来上昇するとは考えにくい」
「放射線に起因する健康上の悪影響が報告されているが、適切な現地調査でも、このプロジェクトでの調査でも実証されなかった」
「甲状腺結節は子どもにほとんど見られなかった」
「データからは、事故後の白血病または甲状腺がんの顕著な上昇は証明されなかった」

しかし私は89年からチェルノブイリ被災地に取材と救援に行っていたが、90年には現地の医師たちは小児甲状腺がんの多発にパニック状態になっていた。91年の発表の後、現地の専門医たちに尋ねると、IAEAの調査団の専門家たちに手術の現場を見せていたという。それなのに報告では「甲状腺がんの結節さえ見当たらなかった」とされた。

トロンコ所長は次のように言う。

「事故前の小児甲状腺がんの発症率は、世界では100万人に0・5人でした。ウクライナでも似たような状況で、データを見ると100万人に0・6人でした。事故の被害が最も大きかったウクライナの5~6地域で小児甲状腺がんが多発していることに私たちが気づき始めたのは、1990年以降です」

その当時は、事故からこんなに早く甲状腺がんが発生するはずはない、潜伏期間はもっと長いはずだという意見が多かったと思うが、と私は聞いた。トロンコ所長は次のような説を述べた。

「甲状腺がんの潜伏期は、放射性ヨウ素131だけに影響されるのではなく、ヨウ素133や135など半減期の短い元素や他のさまざまな要因が重なって、潜伏期間の短縮が起こったのではないかと思います」

私は彼に、福島で甲状腺がんが多発しているように見えるのは、スクリーニング効果(注5)によるものだと言う専門家が多いと伝えた。それに対して彼は次のように答えた。

「1990年にウィーンで重松逸造氏と議論になったことを思い出します。彼は、甲状腺がん患者の多発は、スクリーニング効果によるものかもしれないと言いました。当時、私たちの施設には、いい超音波(エコー)検査機がなかったので、彼に『それも理由のひとつかもしれませんね』と言いました。しかしその後、新しい超音波検査機を手に入れて、より多くの効果的な検査が可能になりました。スクリーニング効果は、2倍もしくは、2・5~3倍だったと思います。そのため私は、重松氏に、スクリーニング効果説は排除できないが、多発がスクリーニング効果なのか、放射能の影響なのか、結論を出す前に十分な時間をかけて状況を観察する必要があると言いました。

そこで私たちは新しい超音波検査機を用いて、もっとも放射性ヨウ素の影響の大きかった地域の統計を取り、それを影響が少なかったウクライナの21の地域と比較しました。すると放射性ヨウ素の影響を大きく受けた地域での検出率は、事故から1年以上後であっても、影響の少なかった地域での検出率よりもはるかに大きかったのです。

スクリーニングによる検出率の増加は、被曝の少ない地方では2~2・5倍で、大きく汚染された地域では、その6、7倍から最大10倍まで上昇しました。だから増加はスクリーニング効果のせいではなく、甲状腺への放射能の影響であることが明らかになったのです」

甲状腺がんは放射能によって多発したか?

多発が明らかになった後も、それがスクリーニング効果によるもので、放射能に起因するものではないとする学者たちと、放射能に起因するとする学者の間で、激しい意見の対立が続いた。

「福島と同じように、ウクライナでも、80年代の終わり頃に、甲状腺がんが原発事故と関係があるかないかについて、白熱した議論が起こりました。臨床医の中でも、甲状腺がんが事故に関係あるとする人と関係ないとする人に分かれました」

IAEAがしぶしぶ事故との関連を認めざるを得なくなったのは、事故から10年後の96年のことである。

「そして2007年には、チェルノブイリ事故関係のすべてのデータが分析され、国連委員会の専門家たちでさえ、唯一科学的に証明された事故の影響は、甲状腺がんであると結論付けています。

そして、数年前にロシアのオブニスクにあるセンター50周年記念パーティーで、かつて「多発」や「放射能起因説」に強く反対していたイリイーン氏に会った時、私たちはこの問題について再び議論しました。そのとき彼は、彼の『チェルノブイリの真実と神話』(1994年初版)という本(「チェルノブイリ:虚偽と真実」という名で日本語版あり。当時放射線影響研究所名誉顧問だった重松逸造氏が前書き、山下俊一氏(注6)が翻訳している。1998年)を私にくれて、彼のかつての考えは完全に間違っていたと認めたのです。そして彼は、小児甲状腺がんは放射能のせいで起こったと認めたのです」

最新の患者数は?

小児甲状腺がんの患者数は何人までふくれ上がっているか、トロンコ所長はウクライナにおける最新の統計を教えてくれた。

「甲状腺がんになった子どものうち80パーセントは、事故当時0〜14歳で、20パーセントは15~18歳のティーンエイジャーでした。彼らはすべてウクライナ全土からこの研究所に来て手術しました。

そして14年12月31日現在の数字でいうと、ウクライナで事故当時0~14歳だった子どものうち、8006人が甲状腺がんと診断されました。そして15~18歳だった子どもは2401人です。

妊娠中に被曝して、後に甲状腺がんになった子どもたちは、202人です。男女の比率は、1対4・5で、女子のほうが圧倒的に多いという結果になっています」

ここまでの数字を足すと、1万609人になる。さらにトロンコ所長は、驚くようなことを話してくれた。

事故後も甲状腺がんは増えている?

甲状腺がんを引き起こすとされている放射性ヨウ素は、半減期が8日間なので、数か月でほとんど無くなり、その後に新たに甲状腺がんになる人々は、事故前と同じように、自然発生のケースだけのはずだ。しかし小児甲状腺がんは増えていると多くの研究機関が認めている。この謎は数年前から専門家や救援運動の人間を悩ましてきた。しかし専門家たちの多くは、事故から1年以上経って生まれた人に、事故の影響による甲状腺がんはありえない、何かの間違いだと考えてきた。

しかしトロンコ所長によると、1987年以降に誕生した子どもで2014年12月末までに甲状腺がんを発症したのは、1286人という。そしてウクライナにおけるチェルノブイリ事故由来の小児甲状腺がんの総数は1万1895人になるというのだ。

2014年12月末までの小児甲状腺がん発症数(ウクライナ)
2014年12月末までの小児甲状腺がん発症数(ウクライナ)

こうした1987年以降に生まれた子どもの甲状腺がんを事故のせいであるとする考え方は、今では世界的に認められているようだ。

参考までに「チェルノブイリ後のウクライナの甲状腺がん」(トロンコ所長や山下俊一氏が編者、2 01 4年)の英語版44ページに掲載されている統計(表3−A)は、2010年までであるが、次のようにある。

0〜14歳までだった子ども5044人、15〜18歳が1642人、胎児被曝112人、1987年以降に生まれた子506人。

この結果、ウクライナで2010年までの小児甲状腺がん発症数は計7304人とされている。

それなのに、11年の官邸ホームページの数字は、ウクライナとベラルーシとロシアの3国の合計で6000人としているのだ。ちなみに、官邸ホームページが原典としている[注2]のUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の報告のP60〜61で、「1991年から2005年の間に1986年当時14歳以下で5127例、18歳以下で6848例の甲状腺がんが報告された(ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの3国)」と報告されている。この記述を参考にして、6000人という数を出しているのではないだろうか。

謎が残る甲状腺がんが出続ける理由

この問題に取り組むためにトロンコ所長たちは大掛かりな調査をおこなった。汚染が高かった地域と低かった地域で統計を取ったのだ。

「87年以降に生まれた子どもたちは、実質的には放射性ヨウ素に暴露していません。しかし汚染がひどい地域で一年以上後に生まれた子どもたちに、甲状腺がん発症の数が多く、汚染が少ない地域には少なかったので、放射能の影響によるものだということが明らかになったのです。その傾向は続き、今でもウクライナでは汚染の少ない地域より、汚染がひどい地域での甲状腺がんの発生数の方が多いのです」

内分泌研究所で、甲状腺の状態を触診する医師。キエフ、ウクライナ。
内分泌研究所で、甲状腺の状態を触診する医師。キエフ、ウクライナ。

事故後1年以上たってから生まれた子どもに甲状腺がんが発生するケースは、なぜ起こるのだろうか。甲状腺がんは放射性ヨウ素だけではなく、セシウムなどによる被曝が原因となることもあるのだろうか。

セシウムやストロンチウムの半減期はとても長いです。それらの免疫系への影響について、予測はたてられます。しかしその影響を示す直接的なデータはなく、あくまでも仮説に過ぎません。現在、私たちには、セシウムやストロンチウムが甲状腺がんを引き起こす可能性があると証明する直接的な科学的データがありません。証明されたことは、放射性ヨウ素が子どもの甲状腺がんを引き起こすということだけです。

理論的にはセシウムとストロンチウムが免疫系に影響を及ぼすことは可能かもしれません。しかし、私たちにはそれについて証明できるデータがありません」

甲状腺がんによる死者は何人出たのか

私はトロンコ所長に、最近のデータで何人の子が甲状腺がんで亡くなったか、質問した。

「被曝によって誘発される甲状腺がんの94パーセントは、乳頭がんと呼ばれるもので、治療が楽だと言われています。もし私たちが早期に診断し、適切な医療と支援を与えたなら、その人は寿命を全うできるでしょう。乳頭がん患者の生存と寛解(注7)の確率は、とても高いのです。

しかし事故後10〜15年の間に、この内分泌研究所で手術をした後で5人の子どもが亡くなりました。その子どもたちがかかっていたのは悪性の甲状腺がんである、未分化がん(注8)と髄様がん(注9)でした。

しかもかなりがんが進行し、転移している状態になってから、両親が子どもを病院に連れてきたのです。肺や骨にまで転移していました。子どもの命を救うのは、ほとんど不可能でした。

また2件のケースは、医師のところに連れてこられた時点で出血していて、手遅れでした。それは外科医のミスではなく、宗教的信条で、両親が手術のために子どもを病院に連れてくるのが遅すぎた場合でした。

ですから、甲状腺がんが原因で亡くなったと断言できるのは、ウクライナでは5人だけです」

ウクライナで最近までに死亡したのは265人

それ以降、小児甲状腺がんの手術をした後亡くなった人はいないのか尋ねた。

「データベースによると、ウクライナでは手術をした人のうち1986年以降2014年12月末までに、265人の死亡が確認されています」とトロンコ所長は答えた。

「この研究所では、甲状腺を手術した人の登録はありますが、死因についての報告はありませんので、現在病歴をたどっています。なぜなら、ある人ががんの手術を受けたとしても、がんが理由で亡くなったとは限らないからです。術後10年、15年経っていたとしたら、死因はまったく別の可能性があります」

甲状腺がんの患者および死者の登録は、どこでされているのだろうか。

「この問題のウクライナの唯一の公的機関は、国立がんセンターです。腫瘍学病理についてのすべての情報は、そこで登録されています。この265人の患者について私たちが提供できるのは、彼らの死の事実についてだけです。私たちはなぜ彼らが亡くなったのかは知りません」

私は質問を続けた。15年も前に、甲状腺がんが原因で亡くなった5人の子どもを把握していたのに、それ以降、ひとりの子どもの死の理由についてもチェックしてこなかったのですか、と。

「私たちは国立がんセンターと共同で、265人の死因を確定しようと詳細な調査をしています。甲状腺がんの手術を受けたからと言って、がんで死んだとは断言できないのです。とても複雑なのです」

インナの死

私は本誌9月号の「チェルノブイリ・8人の証言――小児甲状腺がん体験の記録」で、インナ・ポリシュークの死を報告した。彼女は日本にも1998年に来日しているが、2007年に子を産んだ後に死亡している。甲状腺手術のときに気管を傷つけたことが主因だという。インナが住んでいたチェルカッシー地区は、チェルノブイリから南にキエフを越えて約340キロも離れていた。

「チェルカッシーのように、チェルノブイリから南に遠く離れた地域でも甲状腺がんが多く出たことについては、事故が起こった4月26日から29日にかけての天候と関係しています。当初、風は北向きに吹いていました。だからベラルーシのゴメリ州と接するチェルニゴフ州が最大の影響を受けました。しかし風向きが変わった後は、南部のチェルカッシー州と西部のリブネ州も放射能の影響を受けました。キエフが影響を受けなかったのはほとんど奇跡でした。キエフが放射能雲に襲われていたら、私たちは当時のキエフの住民300万~400万人をどうしたらよかったのか、どこに避難させることができたのか、想像ができません」

トロンコ所長は、インナの名前を調べてくれたが、その名はウクライナで甲状腺がんで亡くなった5人のなかに含まれていなかった。

「インナは、おそらく亡くなった265人のひとりでしょう」

ターニャとがんの転移

私はウクライナではインナを含めて甲状腺がんになって亡くなった3人を支援の対象にしていたので、個人的に知っている。それはインナ、ターニャ、サーシャである。

ターニャは、事故当時プリピャチにいて、事故後はウクライナ東部の数百キロ離れた場所に移り住み、事故から10年後の14歳の時に足に痛みを感じ、地元の病院に行ったが、何も発見されなかった。しばらくして彼女は全身に痛みを感じたので、大きな病院で精密検査をしたところ、医師は甲状腺がんを発見した。しかしそのときすでにがんは全身に転移し、脳にまで達しているので、手遅れだと言われたという。1996年に私は彼女を訪ねたが、その2か月後に、ターニャは亡くなった。私は彼女が亡くなる前に、地元の病院の医師にも会っている。

トロンコ所長は、転移について次のように話した。

「甲状腺がんの転移は、頸部リンパ節への転移、肺や骨へ遠隔転移します。私たちは、アメリカの医学者たちと大がかりな2国間プロジェクトを10年間おこなっています。事故時に0~18歳だった1万3000人の子どもやティーンエイジャーが対象となりました。2年に1度スクリーニング検査をおこない観察したのです。そのスクリーニング検査は第5段階まできていますが、3年目のタイミングでのスクリーニング検査はしませんでした。そのかわりがん登録患者との関連づけをおこないました。そのとき脳のがん、目のがん、女性特有の臓器のがんなどが見られました。しかしこれが事故の影響によるものかどうかは、断言が難しいのです」

つまり、甲状腺がんが脳に転移する可能性があるとは断言できないとおっしゃるのですか? と私は尋ねた。

「直接診ていない患者について、根本的な原因を断定することはできませんし、とくに脳への転移の場合は原因を言うことはとても難しいです。それに私は、一度もそのような転移の症例を見たことがありません。脳への転移については、データがありません」

小児甲状腺がんについてのさまざまな統計
小児甲状腺がんについてのさまざまな統計

白血病と甲状腺がんの併発

私は、白血病と甲状腺がんの両方を発症した2人の子どもに出会っているが、そういうケースはほかにもあるのか尋ねた。

「同じ時期に、白血病と甲状腺がんが発症するというようなデータはもっていません。チェルノブイリ事故後、私たちは広島や長崎と同じように甲状腺がんよりも多くの白血病が出ると予測していました。しかし事実は、まったく逆でした。甲状腺がんの方が多かったのです。私たちは、この施設で手術を受けた子どもたちを観察し、血液を調べ、リンパ節や体内の離れた場所に転移した場合は、放射性ヨウ素の治療(注10)をしています。しかし、私は甲状腺がんを手術して、なおかつ白血病になった子どもの例を知りません」

トロンコ所長はその子の名前を教えてほしいと言ったが、私は、本人と家族から了解を取っていないので、名前を告げることはできないと言った。

私はこの子のケースを内分泌研究所の故エプシュタイン教授が知っていたはずだと話したあと、放射性ヨウ素を用いる治療は、他の病気を引き起こさなかっただろうかと尋ねた。猛烈な放射性物質を体内に入れる治療である。カプセルを飲んだ後の数日間は完全に隔離され、親とも会えず、食事も分厚い鉛の板越しに与えられる。私の質問は暗に、甲状腺の治療のための放射性ヨウ素投与が骨髄を冒し、その結果白血病になるケースはないのかということを示唆していた。しかし、トロンコ所長はそのような例はないと断言する。

「エプシュテイン教授は、通常一般に認められたよりも多量の放射性ヨウ素を子どもに与えても大丈夫だと考えました。事実私たちは、全てにおいていい結果を得ました。しかし理論上は、他の病気を引き起こすことは可能です。それについて書かれた刊行物がいくつかあります。しかし私自身は2つの病気を併発した例を知りません」

放射線ヨウ素の治療の過程で、転移の場所を調べられる子ども。2000年
放射線ヨウ素の治療の過程で、転移の場所を調べられる子ども。2000年

今後の研究

トロンコ所長は、非常に誠実に私の質問に対応してくれた。そして現在取り組んでいる研究について次のように述べた。

「私たちにとってカギとなる問題は、甲状腺がんが放射性ヨウ素の影響によるものなのか、そうでないのかという点です。しかし世界中で発がんのメカニズムを、知っている人は誰もいません。現在私たちは、バイオマーカー(生物指標化合物)を見つけ出そうとアメリカとの共同研究をしています。甲状腺の組織片を取り、バイオマーカーを発見し、放射能によって引き起こされた甲状腺がんなのかどうかを確定するためです。

だから、私たちがここでおこなっていることの目的は、診断と治療を進めつつ、同時に今日の基本的な問題を科学的に研究していくことです。しかしそれは近い将来、薬や医療に適用されるための重要な基盤となるでしょう。

また内分泌学での現在の大切なテーマのひとつとして、甲状腺の微小がんがあげられます。微小がんの問題は、現在も研究、分析中です。私たちは、甲状腺のがんを完全に切除手術しています。術後に転移を見つけることもあります。どういう処置をするべきかについても大きな議論があります。なぜなら以前、臨床医はもし結節が1センチ以下なら、手術をする必要はなく、経過観察するだけでよいと考えていたからです。これについては、より深い研究が必要とされています」

医学に携わる志

トロンコ所長は、インタビューの質問が一段落した後も、熱を込めて話し続けた。

「私たちは臨床医であって、一番優先的に考えなければならない目的は、病気を診断し、患者を効果的に治療することです。しかし、正しく診断し、効果的な治療をするためには、まだまだ知識が足りません。すでに申し上げた通り、チェルノブイリ事故から30年が経ちましたが、答を出すべき疑問が次々と現れてきます。だから、私たちは病理研究と診断と患者の治療を同時にしていく必要があるのです。

チェルノブイリ事故は、数えきれない基本的な問題を提起しました。でも今日の基本的な問題は、明日には、答が出るでしょう。

私は医者にとっていちばんの優先順位は、患者におくべきだと強く信じています。私は『ヒポクラテスの誓い』(注11)を守るなどという大げさなことは言いたくありません。私はこれまで私たち臨床医はいつも、苦しんでいる人々の側にいると強調してきたし、これからも強調していきます。

今、原子力産業は以前よりもさらに理にかなったものとして人々に受け入れられていますが、人々へのリスクを減らすことではなく、利益ばかりが強調されています。これは政治の問題ですが、なによりもまず人々へのリスクが考えられるべきです。

数年前、私は初めて福島に行き、状況は同じだと思いました。そして記者会見をおこなったとき、私はチェルノブイリと福島を比較して話しました。私は同じことを28年前にチェルノブイリで見て、福島でも見ていると話しました。問題は、人々がとても少ない情報しか得ていないということです。人々は、自分たちが何に直面しているのかを分かっていません。

人々には家族や子どもがいます。心配する彼らの反応はとても自然だと思います。一方の権力と私たちは、同じ過ちを犯したのです。犠牲者は一方の側にいて、権力、臨床医、マスメディアなどは、もう一方の側にいました。

しかしもし、権力が犠牲者を中心に考え、人々がマスメディアの全面的なサポートを得て、科学者や医者が対話をおこなっていたら、過ちは少なくなっていたかもしれません。人々は何が起こったか、そしてどのようにしたら助かることができるか、はっきり理解できたはずです。

しかしときには強制的な決断が下され、すべてが機密にされました。かつてのソ連は大きな過ちを犯しました。すべてを機密扱いにしたからです。事故の公式発表は5月7日で、事故直後のことではありません。だから当然人々は権力を、そして医者やマスメディアなどを、権力に仕えているとして信用しなくなったのです。被害者への救済が一番の基盤にあるべきでした。

私自身も事故後の数か月、数年間はとてもハードでした。人々は私に、『あなたは政府に仕えて、情報を隠している』と言いました。私たちは偏らず公平にその問題に向き合おうとしたつもりでした。しかし、当時、私たちは人々の心理に配慮していませんでした。権力が情報を隠したら、人々はどのように権力を信じられるでしょうか?

だから私は現在の日本で論争が起きている状況や専門家の意見の変化などが起きていること自体は、正しいと信じています。しかし、それらを利用する人々はいつでも現れます。だからどのような結論であれ、客観的な事実に基づいて提示するべきです。真実は何よりも大切だからです。

エネルギーは、いつでも大きな問題です。しかし人類の命はもっとも貴重なものですから」

甲状腺手術の様子。キエフ、ウクライナ。
甲状腺手術の様子。キエフ、ウクライナ。

識者によるインタビューへのコメント
崎山比早子氏

3・11甲状腺がん子ども基金代表理事、元国会事故調査委員会委員

国際機関がチェルノブイリ事故の影響として唯一公式に認めている小児甲状腺がんに関してさえ、ウクライナ一国における実数が、国際機関が発表しているベラルーシ、ロシアを含めた3か国の総数を大きく上回るという事実に驚く。疑問を持ったら調べるという行動力の大切さを改めて教えられた。

病因や死因に関して、それが放射線との因果関係となると、途端に専門家の言質があやふやでうさんくさいものになるのは核エネルギー利用社会共通の現象だ。事故の影響は小児甲状腺がんだけ? 広島・長崎の被爆者、核施設労働者、CT検査等の疫学調査では、白血病、肺がんをはじめ多種のがんの増加が報告されている。がんの発症メカニズムを考えても、小児の甲状腺だけが放射線の標的となるとはとても考えられない。

ウクライナは公の報告書でも事故による非がん性疾患の増加を認め、次世代への影響、子どもの健康悪化を報告している。医師の多くが情報公開の重要さを訴え、患者を中心に置いて行動しているように見える。

トロンコ氏の言うように「真実をつかむために客観的な科学的事実を把握する」ことが重要という認識があったからこそ、13万人の甲状腺測定をしたのであろう。一方、日本では住民を不安にするとして県も文科省も測定を中止させようとしている。甲状腺がんが多発してもその原因のよりどころを失い、放射線の影響とは考えにくいという見解への道を残した。

一巡目の検査で発見された通常の数十倍の多発を、精密な機器を使うことによって、本来ならば死ぬまで見つからなかったがんを見つけたとする“スクリーニング効果”と説明する。それなら2巡目には見つからないはずだが、やはり数十倍のがんが見つかった。これを治療しなくともよいがんを見つけて治療する過剰診断と言う。そして、死亡率も減少せず、被曝もともなうがん検診の受診率を上げようと躍起になっていた医師・専門家たちから、にわかに検診のデメリットが声高に言われだし、甲状腺検査縮小キャンペーンが始まった。

チェルノブイリ事故後、超音波を使った検診がおこなわれてから25年以上経つウクライナやベラルーシで過剰診断論はあるのだろうか? そのような疑問を持ちつつトロンコ氏のインタビューを読んだが見当たらない。「医者にとって一番の優先順位は患者に置くべきだ」という氏の信念を、検診縮小を唱える専門家たちはどう捉えるのだろうか?

(注1)これらの表記は、人や機関によって「4週間以内の死亡」「3か月以内の死亡」などとなっている。また長瀧氏は「原子力文化」(2011年5月号)の中では「3か月以内」と述べている。

(注2)アメリカの医師で、急性放射線障害の人々の骨髄移植をおこなった。

(注3)放射線医学の専門家で、患者たちが運び込まれたモスクワ第6病院の院長。

(注4)1kg当たり平均1ジュールのエネルギーを吸収する被爆線量。

(注5)検診(スクリーニング)をおこなうと、診断される病気の数が増えること。ただし、「後にがんとして臨床的に診断される『本当のがん』がスクリーニングにより早く発見される」という「前倒し」の意味で使われたり、「一生がんとして臨床的に診断されることのないがん細胞の塊、いわば『偽りのがん』がスクリーニングによりがんとして検出されてしまうこと」という「過剰診断」の意味で使われたりと、人によってその捉え方が異なっている場合がある。

(注6)長崎大学理事・副学長、福島県立医科大学副学長(非常勤)。福島事故後、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーを務めた。長崎大では長瀧重信氏の弟子筋が山下氏となる。

(注7)病気そのものは完全に治癒していないが、症状が一時的あるいは永続的に軽減または消失すること。特に白血病などの場合に用いる。(広辞苑第六版より)

(注8)甲状腺がんの一種。甲状腺がん全体の約1%。痛みや声のかすれ等の症状が出る。40代以降、高齢者に発症することが多い。がんの細胞が未成熟なため、がん細胞の増える速度が速く、病気の進行が速い。肺や骨などに転移しやすい性質がある。(「甲状腺がん.jp」、隈病院ホームページ参照)

(注9)甲状腺がんの一種。甲状腺がん全体の約1〜2%。自覚症状はほとんどない。多くは30代以上に発症する。カルシウムの量を調整するカルシトニンと呼ばれるホルモンを分泌する細胞が、がん化したもの。遺伝が関係するものと、そうでないものがある。乳頭がんや濾胞がんよりも進行が速く、リンパ節や骨、肝臓に転移しやすい性質がある。(「甲状腺がん.jp」、隈病院ホームページ参照)

(注10)放射性ヨウ素のカプセルを飲み、転移の場所を探し、がんをたたく。

(注11)医師の職業倫理について「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」などと書かれた宣誓文。紀元前5世紀にエーゲ海のコス島に生まれたギリシャの医師で、「医学の父」とされるヒポクラテスの弟子たちによって編纂された「ヒポクラテス全集」の中に書かれたものとされている。