7月22日早朝、全国から集められた機動隊が高江に押し寄せた。ヘリパッド建設に反対し、泣きながら座り込む住民たちを次々に排除していく。それは、圧倒的な権力による弾圧だった。

写真/森住卓、北上田源 文/丸井春(DAYS JAPAN)

N1 ゲート前に押し寄せる機動隊。写真はすべて、沖縄県東村高江。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI
N1ゲート前に押し寄せる機動隊。写真はすべて、沖縄県東村高江。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI

国による工事強行の日

沖縄米軍北部訓練場
沖縄米軍北部訓練場

「9年間守り通したこのN1の山が、とうとう削られはじめました。本当に残念で、無念でなりません。悔しいです。どうしたらいいのか……」

米軍北部訓練場内のヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)新設工事が強行的に着工された4日後の7月26日、建設が予定されている高江のN1地区と呼ばれるゲート前で、2007年から工事反対のための座り込みを続けてきた儀保昇さん(63)はそう漏らした。

住民らの反対の声をよそに、砂利や資材を載せた大型の工事車両が次々とゲートから訓練場内に入って行く。ゲートと住民の間の県道には、何百人もの警官や機動隊、民間警備員が並び、数台のカメラが住民らを「監視」する。米軍の基地のはずだが、米兵の姿はなく、日本の権力が、日本の小さな集落の住民に対峙する。異様な光景だった。
工事の再開は唐突で、あまりに強引だった。7月10日投開票の参院選で、沖縄では、辺野古新基地や高江ヘリパッドの建設に反対する伊波洋一さんが、現職の島尻安伊子・沖縄担当相を大差で破った。翁長知事が「これで、一昨年の衆院選、今年の沖縄県議選、参議院選挙で沖縄の民意が示されたことになる。新辺野古基地は絶対に造らせない」と話し、沖縄中が喜びに湧いた。その翌日早朝、沖縄防衛局は、2年間休止していた北部訓練場のヘリパッド新設工事の手続きを開始し、メインゲートから機材を搬入しはじめた。

そして工事着手日とされた22日早朝5時過ぎ、全国から集められた数百人の機動隊が高江に押し寄せ、N1ゲート前の70号線を封鎖した。住民たち約200人は、資材の搬入をどうにかして止めようと、約150台の車をハの字に並べ、座り込んで抵抗したが、機動隊員らは圧倒的な数と力で、人々と車を次々に排除していった。「なんで!」「どうして沖縄だけいじめるの!」。悲鳴のような泣き声と怒号が響き、混乱の中で3人が救急搬送された。儀保さんも、抗議していた宣伝カーの上から引きずり降ろされた。「機動隊や警察は、こちら(住民ら)はけがしても構わないというような、暴徒を鎮圧するみたいな態勢だった。まるで〝銃剣とブルドーザー〞(※注)だ」と話す。

農業を営む住民の会の宮城勝己さん(63)も「悔しくて爆発しそうだった」と怒りを隠さない。「沖縄県民への愚弄としか思えない。あの選挙は何の選挙だったのか。基地にノー、海兵隊の撤退、地位協定の改定は民意ですよ。それなのにあんな暴挙にでてくるというのは、沖縄を何だと思ってるのか」

住民を排除した正午過ぎ、機動隊の「盾」に守られるようにして、重機やコンクリートブロックなどを積んだ作業車が次々に基地内に入っていった。住民の応援にかけつけようとした人々、炎天下の中、せめておにぎりと水だけでも届けたいと現場に向かおうとした人々もいたが、県道は、高江の人々の生活道路であるにも関わらず、午後5時近くまで封鎖され、近寄れなかったという。

工事着手後も、人々は県道を挟んだゲートの反対側から連日反対の声をあげ続けるが、車道に並んだ無表情の機動隊に阻まれ、歩道から1歩出ることも許されない。「昔は、警察はこうじゃなかったんですよ」と儀保さんは言う。「辺野古でも高江でも、県警は、基地に入っていく車両や防衛局と住民がぶつかり合いにならないように見ていて、険悪になりそうになったら止めに入る役割をしていました。それがここ2年ぐらいの間に、完全に向こう側になっちゃった。この差にとても愕然とし、無力感を感じるんです」

住民らは2007年から9年間、なんとか森を守ろうと、静かな高江での生活を守ろうと闘い続けてきた。悔しさと無念さは大きい。「この現場は、本当に日本なんでしょうか? 高江は日本なんでしょうか?」。高江に住む伊佐育子さんは、そう声を詰まらせた。

N1ゲート前を埋め尽くす機動隊。この機動隊は北側からやってきて、N1ゲート前を制圧した。2016年7月22日 Photo by Gen KITAUEDA
N1ゲート前を埋め尽くす機動隊。この機動隊は北側からやってきて、N1ゲート前を制圧した。2016年7月22日 Photo by Gen KITAUEDA

オスプレイが飛ぶ村

高江の人々に、基地の「圧力」がかかりはじめたのは1996年のこと。そのころ、沖縄では前年に起きた米海兵隊らによる少女暴行事件を受けて、「基地は出ていけ」という圧倒的世論が広がっていた。それに危機を感じた日米政府はこの年、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)合意を打ち出し、「沖縄の負担軽減」「基地の縮小」のためだとして、普天間の移設などを決めた。その合意の中のひとつに、やんばるに広がる約7800ヘクタールの北部訓練場のうち、北部約4000ヘクタールを返還するというものがあった。ただし、返還後も残るエリア内に6か所のヘリパッドを新たに建設することの条件付きでだ。そのうちのひとつ、N4地区のヘリパッド2か所は2014年に完成し、オスプレイが配備されている。

「6月の中旬から、オスプレイが3機、1日に何度も離着陸する訓練が繰り返されました。あの時、もうここには住めないなという不安がよぎりました」と伊佐さんは言う。低空飛行を続けるオスプレイの騒音はすさまじく、「地震のような、内臓に響くような音」(住民のひとり)だという。騒音は確実に生活に被害を及ぼし、体調を崩す人が増えた。地元琉球新報紙によると、6月に発生したオスプレイの騒音は1日あたり32・8回に上るという。一部の地面が返還されても、上空はより強固な基地と化しているのだ。「あと4つ(ヘリパッドが)できて、さらにオスプレイが配備されたら、生活は確実にできなくなると思う」(伊佐さん)。

のどかな高江の山あいを、砂利などを積んだトラックが、警察車両、機動隊車両に前後を挟まれて走る。高江の景色が変わった。

離ればなれになった一家「子どもたちは避難させた。決断したのは6月に入ってから。3週間ぐらい毎日のようにオスプレイが夜遅くまで飛んで、子どもが眠れなくなっちゃった。眠れないと学校も行けなくなるし、イライラもする。オスプレイの低周波が健康にどういう影響を及ぼすのかもまだ分かってないでしょう? 親としては、そんな環境の中に子どもは置いておけなかった」

N4のヘリパッドから約400メートル、安次嶺現達さん一家の家は、やんばるの森に囲まれるようにある。家に向かう小道にはヤンバルクイナが現れ、鳥が鳴き、近くには小川が流れる。13年前、ここに引っ越してきた。「子どもたちをここで育てたかったの。自然豊かなここで、伸び伸びと育てばいいなあと思ってね」。高江で土地を探していたある日、今の家の近くでたまたま車がスリップして出られなくなった。「いっか、じゃあここでキャンプしようと思ってキャンプをしていたら、たまたま地主さんが来て話がついた」。家族でカフェを営み、暮らしてきた。しかしオスプレイが飛ぶようになり、いま、中学1年生をはじめとする6人の子どもと妻は、車で40分ぐらいのところに避難させている。避難の話をした時、子どもたちは「分かった」と答えたという。

「いまは眠る時も自分はひとり。子どもたちに1日1回は会いに行くことにしてるんだけど、5分とか10分いたらまたこっちに帰ってこないといけない状況」だという。安次嶺さんは家に残った。「この問題のせいで引っ越しするのも悔しいし、本当はあいつら(ヘリパッド建設を強行する権力)に出ていって欲しいし」。今はとにかくここでなんとかがんばらないといけない、と繰り返す。

「きのう久しぶりに子どもたちが帰って来たの」と安次嶺さんが一瞬、顔を緩める。ゲート前で闘う安次嶺さんでない、家族との「普通の生活」の中で見せるのだろう、おだやかな、やさしい表情が覗いた気がした。でも。「着工後ここ数日は飛んでなかったから、きっと飛ばないだろうなって思ってた。そうしたら飛んできた。10時ぐらいまで飛んでたと思うよ。もう眠かったから放っておいて酒飲んで寝た」と言う。

N1ゲート前に座り込んで抗議する人を排除する機動隊。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI
N1ゲート前に座り込んで抗議する人を排除する機動隊。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI

国に住民が訴えられる

安次嶺さん一家も、2007年からゲート前で座り込みを続けている。2008年11月、国(沖縄防衛局)は、安次嶺さんを含む反対運動を続ける高江の住民15人(子どもを含む)に対して、那覇地方裁判所に通行妨害禁止の仮処分の申し立てをした。反対運動を押さえ込むことが目的なのは明らかだった。住民側や弁護団は、ヘリパッド建設に対する意思表示や抗議行動は憲法の表現の自由に当たると主張し続けたが、「国の通路使用を物理的方法で妨害してはならない」として、およそ民主的ではない住民敗訴の判決を下した。

「国はね、裁判を起こしたって痛くもかゆくもないよ。でもこっちは7年間も引きずり回されて、時間も取られるし、精神的にも疲れるし。うちらは普通に暮らしているだけでしょう? ここにヘリパッドが来るのはいやだと言っているだけでしょう?」

子どもたちがこれから本当に幸せに暮らしていけるのか、不安になることが多いという。これから先、子どもたちが避難先から帰り、またもとの家で暮らせる日は来るのか。安次嶺さんは「きっと状況は変わらないと思うよ。あと4つできるんだから」と言う。「子どもは何も悪いことしてないのにな」

オスプレイが高江に来ることは、住民らが再三防衛局に問いただしても、「分からない」と言われ、隠されてきた。国のいう「沖縄の負担軽減」「基地縮小」は、結局のところ、米軍が希望するとおりの基地強化に繋がっている。普天間飛行場の「代替基地」とされる辺野古新基地は、新たな機能を備えた巨大な軍事基地となり、高江では、オスプレイが離着陸できる新たなヘリパッドが造られている。そのうちのひとつは、宇嘉川の沿岸・河口部のヘリパッドと連動し、そうすることで、これまで北部訓練場ではできなかった海からの侵入離脱訓練ができる基地になることが指摘されている。

「なんかもう、戦争の準備でもしてるんじゃないかと思うよね。宮古島や石垣島、与那国島にも自衛隊がどんどん配備されて、何の準備なのかと。日本の政府はそういうのを沖縄だけに押し付けて、もし戦争があった時には、それも沖縄だけに押し付けるような気がする」

安次嶺さんは、自宅近くに、小さい宿を造ろうとしていたという。「家族でできる範囲で、3部屋ぐらいの小さい宿を造って、これからやろうかって思ってた。そんなときにオスプレイがどんどんうるさくなって、基地が造られようとして。そこに宿を造ってさ、泊まりに来る人がいるのかなと思ったらね、造るのもちょっと、どうしようかと思っちゃって。せっかくお客さんが来てもさ、いきなり夜にオスプレイが飛んで来たら、びっくりして帰るんじゃないかと思って」。宿造りは途中で止まったままだ。「来られる人は高江に来て欲しい」と安次嶺さんは言う。「宿もないし、遠いし、来るのは大変な場所。でも、たくさん来てくれたら、世論は動くかもしれないから。そして、高江のきれいな所をたくさん見て帰って欲しい」

理不尽な状況に涙を流す市民。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI
理不尽な状況に涙を流す市民。2016年7月22日 Photo by Takashi MORIZUMI

違法だらけのヘリパッド建設

ヘリパッドの建設は、国による違法行為が多く指摘されている。市民らが抗議行動のために使ってきたテントを強制的に撤去したこともその正当性が疑問視されているし、7月22日に無理矢理県道を封鎖したことも、多くの弁護士らが不当だとしている。県民の「水がめ」とされ、沖縄本島全域に水を供給する新川ダムそばの村道は車両の重量規制がかけられているが、東村には書類は出されていない。さらに、ヘリ基地反対協抗議船船長の北上田毅さんによると、防衛局が、事前の協議もなしに国有林を伐採していることも違法だという。「N1のゲートからN1のヘリパッドまでは、工事車両は、所々崩落した旧林道を改修しながら進んでいかなくてはなりません。ところが両側の底地は国有林ですから、いくら沖縄防衛局が工事の手続きを進めても勝手に切ることはできません。人間の胸の高さで直径4センチを超える木についてはすべて沖縄森林管理署と協議をする必要がありますが、それなしに、防衛局は工事に入っています」。さらに防衛局は、N1裏に続く別の旧林道に関しても、工事用の道路とするため、7月11日に沖縄森林管理署に国有林の使用承認申請書を提出し、沖縄森林管理署は、それをわずか3日で承認してしまったという。「本来は、国有林というのは、工事の許可がおりたとしても、工事が終わればまた現状復帰をして森林を復旧するとでしょう?」

子どもたちがこれから本当に幸せに暮らしていけるのか、不安になることが多いという。これから先、子どもたちが避難先から帰り、またもとの家で暮らせる日は来るのか。安次嶺さんは「きっと状況は変わらないと思うよ。あと4つできるんだから」と言う。「子どもは何も悪いことしてないのにな」

オスプレイが高江に来ることは、住民らが再三防衛局に問いただしても、「分からない」と言われ、隠されてきた。国のいう「沖縄の負担軽減」「基地縮小」は、いうのが許可条件です。でも、ここにヘリパッドが完成したら、米軍車両はひっきりなしに行き来しますよ。だから、せっかく日本に返還されて、いまは国有林としてみんなの財産になっている森林が、今回の工事によって基地の強化のために使われるんです」(北上田さん)

工事の車両はひっきりなしにゲート内に入っていく。とはいえ、人々は決して諦めていない。歌をうたい、気持ちを奮い立たせ、非暴力でまた声をあげる。

「ここで諦めたら、沖縄のおじいおばあが何のために今まで戦ってきたのか、申し訳ない気持ちになります。おじいおばあはアメリカと戦ってきましたが、私たちの目の前にいるのはいったい誰なんでしょうね。諦められないんです」

伊佐さんはそう言って笑った。

(注)米軍の強制的な土地収用を表現する際に使われる言葉。かつて立ち退きに抵抗する住民を銃剣で排除し、強制的にブルドーザーで畑や家屋を破壊したことに由来。