原発を推進する権力が起こすキャンペーンは巧妙だ。彼らは慎重に、不安の声、疑問の声を封じ込めていく。安全と危険の間にあるグレーゾーンは隠される。そして不安を感じる人々は孤立させられていく。
文/広河隆一(フォトジャーナリスト・本誌発行人)
Text by Ryuichi HIROKAWA

原発推進を公言する政府

今この国で、いったい何が起きているのだろうか。安倍首相は4月1日、ワシントンでおこなわれた核安全保障サミットに参加し、世界に向けて「日本は原子力の平和利用を再びリードしていくべく歩み始めた」と述べた。翌日の東京新聞はこれを、「首相、原発推進を宣言 福島事故未収束のまま」と見出しをつけて1面トップで報じている。安倍首相はこのサミットで、原子力の「平和的利用」を進めるために、各国に人材育成や支援を積極的におこなっていくことも強調している。

あれだけの巨大事故を起こした日本が、たった5年で、しかも事故の真相も炉心の中の様子もわからないのに、再稼働や海外への原発輸出を、高らかに宣言しているのだ。

不安は封じ込められ、人々は孤立させられていく

今年3月のDAYS12周年記念イベントで、私は「誰も孤立させてはならない」と話した。実は私自身孤立感を深めているが、福島の母親たちをはじめ、そういう人は増えているように思える。

福島第一原発事故後、福島では、放射能の被曝限度が、世界基準の年間1ミリシーベルトから引き上げられ、「福島は非常事態だから」と、年間20ミリシーベルトまでなら居住に問題ないとされた。非常事態特別措置として認めた場所に、子どもも妊婦も住むように勧めるこの政策に福島の女性が反対するのは当然ではないか。それなのにそういう意思を述べた人々が、なぜこれほど孤立感を深め、まだ不安が残るから、福島産の食材を子どもに食べさせたくないと考える福島の母親が、なぜ孤立感を感じなければならないのだろう(この問題は後述する)。

孤立感の正体は

福島の母親たちが感じる孤立感はどこから来るのだろうか。それは、政府や東電の揺れ動く判断や隠蔽によって、安全と危険の基準が不確かになり、人々の気持ちが翻弄され、政府や自治体の「心配ない」「安全だ」という説明に納得できない人が、取り残されているように感じてしまうことから起こる孤立感ではないか。

そしてこうした背景には、政府やICRPや原発を推進する権力の戦略が大きな役割を果たしていると考える。彼らは、事故直後から人々の心を支配した「原発は危険だ」という考えを、なんとしても「心配ない」「安全だ」とリセットする必要があった。だから「安全意識普及キャンペーン」を急速に普及させた。こうしたことを受け入れられない人が少しずつ孤立させられてきたのだ。

チェルノブイリであまり成功しなかったこの戦略、つまり、「原発事故は大したことがなく、問題は解決されており、放射能被害も大げさに騒ぐことはない」と説得する戦略は、今再び福島で、「復興」を何よりも大事に考えるべきだという考えと相まって、深く急速に進行しているように見える。それによって、たとえば、飯舘村のように、村の復興が人間を置き去りにしておこなわれ、「住民の健康あっての復興」ということが忘れ去られているように感じられることも起こっている。

この、国をあげての「安全意識キャンペーン」は、歴史をリセットすることでもあった。そして原発推進を宣言するためには、事故や事故後のさまざまな疑念や不安を「すべて問題ない」と言って、白紙に戻す必要があったのだ。それは「発展のため」だとか「平和のため」だとか、まるで私たちのためであるかのような「魔法の言葉」を使ったり、国の仕組みやそれまでのルールを少しずつ巧みに変えながらおこなわれていった。

しかし実際の状況は彼らにとって有利だったわけではない。福島原発事故からわずか2年後、安倍首相はオリンピックを誘致するためのプレゼンで、世界中のメディアを前に「状況は完全にコントロールされている」と宣言した。しかし実際には、汚染水対策はことごとく失敗し、太平洋は汚染され、始まったばかりの凍土壁も完成せず、汚染水は連日流れ出ていた。政府や東電や世界の原発推進勢力は、これでも「問題は解決された」と強引に言い募る必要があった。そしてその強弁は成功した。その分孤立させられる福島の人々もまた増えたのだ。

これだけではない。居住してもよいとされる基準値を政府の判断で引き上げ、除染に至っても、当初は年間1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト)までを目標にしていたが、いつの間にか「長期的に年間1ミリシーベルトを目指す」とすり替えられていた。しかも除染対象は、住居から20メートルに限定されていった。

「福島安全神話」を裏付けるデータ

ここ1年ぐらいの間に、一気に「福島安全神話」が復活し、安全を語る人々が大手新聞の紙面を占めるようになった。しかもその人々は原子力と利権を共にしてきた人々ではない。事故の責任者に怒り、被災者に心を痛めた良心的な人々なのだ。そしてそれまで原発事故の被害を隠さず伝えようとしてきた良心的な新聞にそういった記事が掲載されることで、効果は大きくなった。

たとえば、東京新聞3月9日付の夕刊文化面には「福島に寄り添うということ」と題して絵本作家の松本春野さんの言葉が掲載されている。

彼女は、福島での暮らしを選択した人々の話を反原発集会でしたことをきっかけに、「汚染された地に子どもを戻すのか」などの「誹謗中傷」を受けたこと、さらに、福島での外遊びや地域の清掃活動(ここでの清掃活動とは、いわき市から浪江町をつなぐ国道6号線の道路の一部を、子どもたちが掃除し、大きな問題になった件だと思われる)などに対して、福島に住む人々が大きな抗議を受けているということを紹介している。

松本さんの言葉をどう考えればいいのだろうか。「汚染された土地に子どもを戻すのか」という意見を、「一考すべき批判」ではなく「誹謗中傷」と表現するのは、彼女が「危険ではないことを知っている」からだが、放射能のホットスポットが残り、除染されていない山林からの埃や土が運ばれる地域を「危険ではない」と彼女に言わせてしまうものは何かを、私たちはメディアの一員として深く考えなくてはならない。彼女はさらに次のように書いている。「こうした問題の背景には、国や東京電力への不信感はもちろん、『福島の人は本当のことを知らないのでは』という当事者軽視があると思います」と。ここには典型的な構図が現れている。それは、「風評被害」をするのは県外の人で、県内の人はその「犠牲者」だという、根強く繰り返して使われるレトリックだ。

彼女が自分が言っていることが科学的に正しいと考える根拠は、文章の最後に書かれている。そこには3・11直後に原子力推進の旗を振ってきた「専門家」たちが口をそろえて発言していた言葉が連ねられている。

「旅客機で成田からニューヨークに行くと、片道50〜100ミリシーベルトを被ばくします。5〜10回の往復で国が決めた追加被ばく1ミリシーベルトを上回ります。CTスキャンは1回10ミリシーベルト、宇宙飛行は1日1ミリシーベルトの被ばくをします」(記事原文のまま)。

これを見て私は、今の時代が、3・11直後の、メディアや政府や自治体や「専門家」が、「たいしたことはない」「ただちに影響がない」という大合唱をおこなった時代に舞い戻ったのではないかと目を疑った。

小出裕章さんの意見

そして彼女の依拠する考えについて、念のために小出裕章前京大原子炉実験所助教に意見を求めた。彼はその日のうちに私に次のような回答を寄せてくれた。
「飛行機に乗ることによる被曝、医療上の被曝があることは事実です。しかし、被曝は必ず危険を伴います。飛行機に乗る、医療上の被曝を受け入れるというのは個人が自由意思で選択できますが、福島原発事故による被曝は一切の利益がないまま危険だけを負わされているのです。そして、選択の余地さえ奪われています。両者を同列に並べて数字の比較をすること自体が誤りです。

放射線管理区域とは、かつて私もそうであった放射線業務従事者だけが立ち入ることができる場所です。給料を得る大人として初めて、それが認められています。しかし、放射線業務従事者であっても、管理区域内では水すら飲むことを許されません。そんな汚染地に、赤ん坊も含めて棄てられ、水も飲み、食べ物も食べ、普通に生活せざるを得なくされています。本来比較してはならない他の危険を引き合いに出して、たいしたことはないという主張はしてはならないと、私は思います」

小出さんはさらに、次のようなコメントもくれた。

「残念ながら福島を中心として、東北地方、関東地方の広大な地域が、日本の法令を守るなら「放射線管理区域」に指定しなければいけないほど汚れています。それは私が言っているのではなく、日本政府が言っています。「風評」で汚れているのではなく「実害」として汚れています。日本の法令によれば、1平方メートル当たり4万ベクレルを超えて放射性物質で汚れている場所は、放射線管理区域にしなければいけません。それなのに、日本の国は、今は、原子力緊急事態宣言下だとして、その汚染地に赤ん坊も含めて人々を棄てたのでした。

棄てられてしまった人々が何とか故郷を復興したいと願うことは分かります。しかし、だからと言って汚染されているという事実が消えるわけではありません。人は恐怖を抱えたまま生きることはできませんので、汚染を忘れたいと願いますし、国は積極的に忘れるように仕向けています。結局、汚染を口にすれば、復興の邪魔だと逆に非難されるようになっています。強度に汚染された地から強制避難させられ、流浪化してしまった人々も、福島原発事故の被害者です。放射線管理区域にしなければならない汚染地帯に棄てられてしまった人々も被害者です。生活を棄てて自主的に避難した人たちもまた被害者です。本当であれば、それら被害者が力を合わせて加害者と闘うべきです」と。

「自然放射能」と「人工放射能」

自然放射能がこれほどあるのだと報じることで、事故で出た放射能がそう大したものではないと説得するやり方は、ICRPの影響のもとに日本の政府の出版物でもよく用いられる。しかしそもそも「自然放射能」と「人工放射能」は同じではない。

チェルノブイリ事故から1年後の1987年にドイツを訪れた時、ベルリンで見た絵を紹介しておきたい。それは最初の絵に、人が泳いでいる図が描いてあった。背中に小さな重りがあり、そこには「自然放射能」と書いてあった。次の絵では、もうひとつ「人工放射能」という重りが加わっていた。そしてその人はおぼれていった。

人間は地球に生命体が現れてから途方もない時間をかけて、地球の自然放射能に対応できる体になっていった。しかし核分裂などによって誕生する人工放射能(セシウム、放射性ヨウ素、ストロンチウム、ほとんどのプルトニウムなど)は、人間の体にとって未知な存在であり、人間には抵抗力はなかった。こうした人工放射能と自然放射能とを同時に比べるということが間違いであることを、ドイツで見た絵が教えていた。

一部の「安全」が全部の「安全」にすりかえられる

しかし今一度、私たちに誤りはないのか、考えてみたい。

私たちは沖縄に保養センターを作って、福島の子どもたちを受け入れてきた(「沖縄・球美の里」沖縄県久米島)。保養に訪れた子どもの数は2016年4月で約2000人になる。しかし、このような保養は必要ない時代になったのだろうか。私たちは、福島県で食品の放射能を測定する市民によるラボをつくる支援もした。それも必要ないというのだろうか。

DAYS JAPANは、この間まで「危険」と言われてきた場所に戻されようとしている子どもたちとその母親たちの悲痛な不安を紹介してきた。甲状腺がんのエコー検診をおこない、専門の医師が保護者にていねいに説明し、データ写真も渡してきた。これらも必要ないことだったのだろうか。

とはいえ、コメの全袋検査では、1キログラム当たり100ベクレルの基準値を切るだけでなく、年を経るごとに不検出になるものが増えていっている。コメを安全なものにするための福島の農家の人々の努力は壮絶とさえいえる。やがてコメの全袋検査をもって、「すべて」が安全と言われるようになった。しかし、県のスクリーニング検査(全袋)および、詳細検査(スクリーニング検査で1キロあたり50ベクレルを超えたものをゲルマニウム半導体検出器で再測定する検査)両方で、「すべて」が国の基準である1キロあたり100ベクレル以下になったのは、2015年度産米が初めてなのだ。

100ベクレルを超えるコメはなくなったが、14年度産米では100ベクレル以上のコメが詳細検査で2袋、13年度産米では28袋、12年度産米では71袋検出されている。

しかし、コメが安全になったことが、いつのまにか福島の全食材が安全になったというように語られ始めた。私が知る福島の母親たちはこうしたことに疑念を抱いたと話す。小さなことかもしれないが、子どもに食べさせるものだから、見過ごすことはできない。たとえば野菜は流通する全商品について検査されるわけではない。さらに、今年4月時点で県が、摂取や出荷などを差し控えるよう要請している福島県産の食品は、決して「少ない」とは言えない品目数だ。川や山の食材はまだほとんど出荷が禁止されている。

私たちは不安を持つ母親の心理を理解すべきだ。1リットルの水で10ベクレル以下なら安全だと聞かされても、子どもと大人では安全の値は違うし、個体差もある。ここから安全でここから危険という線が引けるわけではない。目安を与えるだけだ。限りなくゼロに近づけることは至難かもしれない。しかしそれを求める母親たちの願いを無視してはならない。

私がチェルノブイリ原発から60キロ北のホイニキ市でミルクの加工工場を訪れた時に、検査技師長は「セシウムは検査しているけれど、プルトニウムもストロンチウムも検査していないから、これで安心というわけではない」と言っていた。日本でも、市民がストロンチウムなどを検査できるようになったのは、ようやく15年4月に、認定NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」がベータ線を測定するようになってからだ。

少しでも被害を小さく見せたいという政府や原子力産業の術策に落ちてしまわないように、私たちはもっと「疑い深く」なるべきではないだろうか。もちろんこの事故の責任を問われなければならないのは、東電である。責められるべきも彼らであり、被害者である農家への損害を補償していく責任があるのは彼らである。こうした補償には、私たちの税金をあてるべきだと思う。子どもに安全な食品を食べさせたいと悩む親は、時として復興に水を差す加害者であるかのように非難されるが、彼女たちは被害者なのだ。

消されてゆく声

国や県による食べ物の安全キャンペーンでは、安全か危険かわからないという中途半端な説明はない。有無を言わせず、安全になったというキャンペーンだ。これは科学的な判断ではなく、政治的なものであることが多い。だから給食キャンペーンにしろ、道路清掃キャンペーンにしろ、政治的に子どもを巻き込んでいるように思える。すべての食品に安全宣言が出されて、大人たちが食べるようになって、そのあと数年様子を見て、いよいよ数字が安定してから子どもに食べさせるべきと考えるのはまちがっているだろうか。子どもには「万が一」という基準で対処すべきではないだろうか。

これらのことを踏まえて考えるなら、現在は「安全」を押し付けるのではなく、少なくとも子どもにはまだ「危険」の可能性はなくなったわけではないということを共有する時期だと考えた方がいいのではないだろうか。その中でできる判断と選択は人によって多様なものであるべきだ。その多様な選択に対しても、農家の被害に対しても、政府は、徹底的に補償すべきだ。

食だけでなくさまざまな所で、政府は人々に無理な選択を強いる。私は福島から大阪に避難している人の声を聞いたことがある。その人は「来年借り上げ住宅がなくなったら、避難先に住み続けるという『移住民』か、汚染がひどくても戻る『帰還民』かのどちらかを選ぶことを迫られる。『避難民』という存在を消しさえしたら復興できるというわけではないはずだ」と言っていた。

そして人々が疲弊させられていく

私が出会った多くの福島の母親たちは、環境の危険から子どもを守ることを考えて生きていくことに疲れている。彼女たちは、「今の福島は安全だ」と信じ込まなければ、生きていくのが大変だと語る。しかしその人々に「そのとおりです。安全です」と言って、子どもたちがそこに住むことを後押しすることが、私たちのすべきことだろうか。私たちの責任は、子どもにも安全な環境を作った上で、そこに子どもを戻すことではないのか。不安を覚える人を切り捨てたり、非科学的と決めつけたりしてはならないと思う。問題は子どもに安全な環境をどう具体的に作るかということだろう。そうしたことに政府が「子ども支援法」をはじめ、まったく責任を果たそうとしないことが、大きな問題なのだ。

さて、『女性自身』16年4月12日号に掲載された「福島原発事故5年目の現実“飯舘村 村長の爆走授業”『帰還問題』ルポ」という記事を紹介する。これは、子どもたちの帰村を進める飯舘村の菅野典雄村長に対して、「帰るメリットはなんですか」と泣きながら質問をする女子中学生のことを紹介している記事である。

記事中には再開予定の学校でも土壌に含まれるセシウムが1平方メートルあたり900万ベクレルという途方もない土壌汚染が計測されたというデータが掲載されている(法律上4万ベクレルを越えると放射線管理区域で、18歳未満の立ち入りは禁止。大人でも10時間以上の就労は禁止され、飲食・喫煙も禁止されている)。ここに村長は来年の17年3月の村民帰還に合わせて学校も再開して子どもたちを戻そうとしたが、保護者の大反対にあい、学校再開は18年4月に延期された。このとき子どもたちに村長は「自分たちだけよければいいのか」と話したという。悩みながら帰ってきた子どもを見て、保護者は「まるでマインドコントロールだ」と語っている。子どもたちに何というひどい言葉で過酷な選択を迫るのだろうか。

記事では、大谷敬子広島大学研究員のコメントを紹介している。「放射線の被害というのは、調べれば調べるほどグレーの部分が大きい。だから安易に『放射線の影響はない』と言うべきではありません。とくに行政がすべきことは、『影響がある』という前提に立って政策を考えることです」

どちらの数字が正しいのか

『女性自身』はこの前号でも汚染を警告している。(「“風化”という現実―福島ルポ8割の学校で『立ち入り禁止』の数値が出た!」)。この記事では、「子どもが危ない! 福島県60小中学校周辺「放射性物質」土壌汚染調査1平方メートル当たり4万ベクレル」と小見出しが続き、土壌に含まれるセシウムの濃度を測ったところ、福島県の学校の8割で、放射線管理区域以上の汚染を計測していると書いている。そして最近になって「福島県内に設置している、放射線量を測定するモニタリングポストの撤去が進んでいる」ことにも疑問を述べている。

『女性自身』の警告に対立するのが、復興庁の「風評被害の現状とその払拭に向けた取組(風評関連コンテンツ集)」(16年2月)である。そこには、「福島県の避難区域は県全体面積の7パーセント、93パーセントのエリアは通常の生活が可能」とあり、図が示されている。そこには15年9月5日現在、県面積1万3783平方キロメートルのうち、避難区域面積が953平方キロメートルだから、県面積の約7パーセントで、これを除いた93パーセントは安全というわけである(出展=福島県 原子力被災者生活支援チーム)。

『女性自身』は8割の学校が危険と書き、復興庁は県内の93パーセントの土地が安全という。2つの報告は、なぜ食い違うのか。『女性自身』は、空間線量ではなく、土壌に含まれる放射性セシウムの汚染度を調べ(注1)、放射線管理区域相当の場所が8割の学校で発見されたとしている。一方で復興庁は、福島原発事故後の緊急措置として導入された、空間中の放射性セシウムの年間積算線量20ミリシーベルト未満が安全であるとして計算している。これが福島県の93パーセントが安全地帯になったからくりだ。

空間の放射線測定値の減少

復興庁の「風評被害の現状とその払拭に向けた取組」を見ると、空間線量率について次のように説明されている。「原発から80キロ圏内の、地表面から1メートル高の空間線量(放射線セシウム)率平均は、2011年11月比で約65パーセント減少」と報告されている。そして「県内の放射線量は年々低下し、避難指示区域の(原文のまま)除いては日常生活に全く問題のない数値になっています」と、次の各市の数字が紹介されている。

福島市…11年4月 毎時2・74マイクロシーベルト。15年7月 毎時0・21マイクロシーベルト
いわき市…11年4月 毎時0・66マイクロシーベルト。15年7月 毎時0・07マイクロシーベルト。

確かにこの数値を見る限り、いわき市では空間線量の測定値は東京とあまり変わりがなくなっている。しかし土壌は依然として高い場所が多い。そうだとしても全般的な空間線量の低下や食品中の放射線量の低下を、私たちはどのように受け取るべきだろうか。

信頼する福島の人に意見を求めたら、次のように話してくれた。

「時間の経過とともに注意を緩め、ある程度を許容するという姿勢は、間違いとは言えないかもしれないし、現実に折り合いをつけていかなければならないということも言えるかもしれない。しかし、あたかも放射線がないかのようにすべてが進められていくという感じに妥協してはいけないと思います。

今の社会は『我慢して生きていけ』と強要しているように思うのです。そしてこれだけ理不尽な目にあっている福島の人間が、被害者だという立場から遠く追いやられ、忘れられることを強いられているような気がします。みんな生活が大変なのは理解できますが、何か基本的な本質的なものを置き去りにして、何に取り込まれているのだろうかと考えると、はがゆい思いでいっぱいです。

それだけではありません。信頼する人がある日突然、自分の考え方を変えるのを見て、あれ? と感じることが多いのです。国は、福島の人間に大変な圧力をかけて、国を挙げて原発を推進する姿勢を貫くつもりなのです」

メディアの罪

さて、私は3月19日と20日に福島大学で開催された全国研究・交流集会「原発と人権」に参加した。ここで藍原寛子さん(フリーの医療ジャーナリストで元福島民友新聞社記者)は、東電の記者会見に参加する大手メディアの姿を「機械化されシステム化された記者会見」と呼び、批判した。彼女はそこにハンナ・アーレント(ドイツに生まれたユダヤ人女性。政治哲学者)が言った「凡庸なる悪」が巣くっていると語る。メディア側のこうした状況を、当の本人たちはみんな気付かない。それは真面目で実直でありながら、国民の目線を完全に欠落させて、東電の出す情報を垂れ流す装置になっているのだと。そして彼女は次のように言う。

「安全神話に真っ先に騙されるのは、一般の人より先にマスメディアに関わる者であり、騙されるだけでなく、垂れ流す元凶になっています。これはものすごい暴力性を内在しているといえるのです。そしてそうした仕組みの中で自分たちが働いているという自覚を持っていない」

またメディアに登場する専門家は、はば広い分野にわたるが、一人ひとりの専門家領域は非常に狭いにもかかわらず、違う分野のコメントも「専門家」としておこなってしまうのも、野放しにされている。

また科学的と言いながら、非常に政治的な判断で重要な事柄が決められていることも見抜けないでいる。福島県放射線健康リスク管理アドバイザーだった山下俊一氏(福島県立医科大学・長崎大学副学長)の場合も、「100ミリシーベルトまで安全」と発言し、ホームページにダウンロードされ、アップされたが、福島県のホームページの中では訂正され、やがて検索できなくなってしまった。これが科学的というものの正体であり、メディアはこの問題を放置しているとも、藍原さんは言う。

藍原さんは、風評被害についても次のように指摘する。文科省は、風評被害を「報道等により広く知られた事実によって、商品またはサービスに関する放射性物質による汚染の危険性を懸念した消費者または取引先により当該商品またはサービスの買い控え」としている(出典=「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」)。つまり風評被害の原因の第一は、報道にあるとしているのだ。

では福島県は風評被害について何と言っているかというと、「チャレンジふくしま消費者風評対策事業」によれば、「放射能に関して、県内外の消費者が不正確な情報や思い込みに惑わされることなく」とある。ここでは風評被害は、消費者が不正確な情報や思い込みに惑わされているというところからスタートしているとされていると、彼女は言う。しかも正しい情報を隠す政府や東電ではなく、不正確な情報や思い込みに惑わされる県内外の消費者を原因者として挙げているのだ。

そして彼女は、「風評と風化は、実は一体のものです。風化という名の歴史修正主義が、メディア報道の全体で、国の政策の中で起きています」と言いきるのだ。

「安全神話」復活の陰で被害者は隠されていく

メディアも巻き込んだ「福島安全神話」の復活の過程で、被災した福島の人々の傷跡に塩をすり込むようなことがおこなわれる。福島県内か県外の人かにかかわらず、「福島はまだ安全とは言えない」と言うと、福島県の人々や子どもを「おとしめる」、「迷惑行為だ」と言われ、不安に思っている側を萎縮させ、胸のうちを人に伝えることに用心させてしまうのだ。

もちろん被害にあうのは母親たちだけではない。山本おさむさんの漫画「今日もいい天気 原発事故編(双葉社)」は、生産者たちの安全なコメを作るための苦しみや絶望や闘いが見事に描かれている。そして、明らかに事実と異なることでも堂々と世界に向かって発信するという、言葉に全く信義を感じさせない首相を中心とする政権は、歴史を消しゴムで消すようになかったことにしていく。それに対して、どれだけ毅然とした態度をとれるかということが私たちに試されている。

私たちは被害者にしっかりと目を据えて、そして事故を風化させないように、そして安全宣言に惑わされないように、軸足を定めなければならない。
そうした人々が、たとえ少数派になっていっても、DAYS JAPANにはこうした姿勢を貫き、警報を出し続ける役割がある。

注1:記事中にはNPO法人市民環境研究所の研究員で第一種放射線取扱主任者の資格を持つ河野益近さん監修のもと測定とある。