上空からみる佐田岬半島。3号機の再稼働が容認された伊方原発(右、3号 機は手前)と、5キロ圏内の集落(左)。真ん中に唯一の国道である197号 線(佐田岬メロディーライン)が走る。伊方町。2015年11月3日
上空からみる佐田岬半島。3号機の再稼働が容認された伊方原発(右、3号機は手前)と、5キロ圏内の集落(左)。真ん中に唯一の国道である197号線(佐田岬メロディーライン)が走る。伊方町。2015年11月3日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

信じられない思いだ。10月26日、愛媛県の中村時広知事が伊方原発3号機の再稼働に同意した。伊方原発は、愛媛県の西部から突き出た佐田岬半島の付け根にありこの日本一細長い半島には約1万人が暮らす。もしも原発で事故が起きれば、原発より西に住む人々は原発の前を通って逃げるか、船で逃げるしかない。しかも、道の本数も少ないなか、津波が襲えば海路は絶たれる。それでも県は「複合災害時に想定される孤立集落はゼロ」だという。住民は「逃げられるわけがない」と話した。

話/阿部悦子、草薙順一 写真/広河隆一 まとめ/丸井春(DAYS JAPAN)
Interview with Etsuko ABE, Jyunichi KUSANAGI Photo by Ryuichi HIROKAWA Edit by Haru MARUI /DAYS JAPAN

佐田岬半島危険地図
佐田岬半島危険地図

伊方原発は、日本の原発の中でも最も稼働させてはいけない原発のひとつだ。マグニチュード(M)8クラスの地震を繰り返してきた南海トラフ巨大地震の想定震源域に最も近く、さらに沖合6キロ北(注1)には、四国を東西に横切る国内最大級の活断層・中央構造線断層帯が走る。原発は東西50キロに伸びる佐田岬半島の付け根に、海にせり出す形で立地しているが、地震によって事故が起き、さらに放射能が放出されれば、風向きによっては瀬戸内海、そして西日本全域が壊滅する恐れもある。

中村愛媛県知事が10月26日に再稼働を容認する前、原子力防災会議の議長である安倍首相は「(原発事故を想定した半径30キロ圏内の住民12万4000人の避難計画は)具体的かつ合理的」だと評価したという。しかし、県の避難計画では、原発以西、三方を海に囲まれた佐田岬半島の住民が陸路で避難するためには原発の真横を通らなければならず、複合災害などで道が寸断された場合の策は取られていない。フェリーや船での避難も記載されているが、津波が襲えば海路は瞬時に絶たれるだろう。フェリーに乗り込めなかった場合の策もあいまいなままだ。それでも県はたたみかけるように、複合災害においても、佐田岬半島で孤立が予想される集落はゼロだと断じる。命は守られるのか。

与侈(よぼこり)集落。101世帯が暮らし、海側には漁港をもつ。ここも坂道が多い。愛媛県伊方町与侈。2015年11月2日
与侈(よぼこり)集落。101世帯が暮らし、海側には漁港をもつ。ここも坂道が多い。愛媛県伊方町与侈。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

佐田岬半島

山肌に段々畑が広がり、どこからも海を望むことができる。この細長い半島で、人々は山肌を畑にして果実を育て、海で魚を獲って暮らしてきた。手つかずの自然が豊富に残り、山には固有種の草木も多くあるという。半島全域を含む伊方町の人口は約1万人、そのうち、原発以西には40集落約5000人が暮らす。

「実際に見たら分かるんです、逃げられっこないですよ」。そう話す阿部悦子さんは、今年4月まで4期16年にわたり愛媛県議会議員を務め、伊方原発の危険性、住民避難計画の甘さを指摘し続けてきた。その阿部さんに案内してもらい、いくつかの集落に向かう。伊方町が出している防災マップを見て驚くのは、ほとんどの集落が、県が定める地滑り危険箇所、急傾斜地崩壊危険箇所、土石流危険渓流のすべてまたはいずれかを複数抱え、さらに一時避難場所がその指定区域内に入っていることも珍しくないことだ。

「佐田岬半島は全体が日本三大地滑り地質と言われる三波川変成帯から成っているが、なぜか原発が建っている場所だけは地盤が強固ということになっている」と阿部さんは言う。山を縫うように走る半島唯一の国道197号線にはトンネルが多く、2005年に地滑りによって崩壊したという名取トンネルは今、入り口が塞がれ、蔦に覆われていた。

明神(みょうじん)集落はとても小さな集落だ。30世帯が住むがその80パーセント以上を60歳以上が占める。「ここは車いすも入れない」と阿部さん。民家の庭では草花が丁寧に育てられていた。愛媛県伊方町明神。2015年11月2日
明神(みょうじん)集落はとても小さな集落だ。30世帯が住むがその80パーセント以上を60歳以上が占める。「ここは車いすも入れない」と阿部さん。民家の庭では草花が丁寧に育てられていた。愛媛県伊方町明神。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

半島の中腹に位置する三崎地区(20キロ圏内)は、半島西側の集落の中でもっとも大きく、519世帯が暮らし、保育園や小中学校、高校もある。原発事故時には、半島の人々はこの三崎港からフェリーや県が手配する船舶によって大分に逃げることになっているが、フェリーの定員はせいぜい2 50人程度だ。三崎の人口にも満たない。さらに、伊方町が出している原発事故時の避難行動計画(2013年9月)には、県が船舶を手配できない場合には自家用漁船などで沖合の船舶まで移動するように、とされている。

「県は船で大分に逃げろというけど、ここの風は季節によってはほとんどが東からの風で、逆になるのはまれ。だから逃げろと言われても、風によってはおれたちは放射能と一緒に逃げることになる。原発で事故が起きたら終わりだよ」と、与侈地区(原発から20〜25キロ圏)で、16歳から漁師をしているという60代の男性は話す。内閣府が2002年に出した南海トラフ巨大地震による津波想定高は、佐田岬半島を含む伊方町で最大21メートルである。三崎町の人口が集中する港周辺は完全に浸水する。

集落が抱える危険箇所

この半島の集落の地形は特徴的だ。197号線から細い横道に入ると、山肌に這うような集落が点在するが、小さな集落ほど急峻で、細く入り組んだ坂道や階段ばかりが多い。そこに民家が重なり合うように建つが、家主を失い、今にも崩れ落ちそうに朽ちている民家も少なくない。階段や垣根などは、薄く割れやすい緑色の自然石(緑色片岩)を積み重ねて作られており(8ページ写真参照)、集落のあちこちに、県が設置した「急傾斜地崩壊危険箇所」などの看板が立てられている。世帯数わずか30世帯、60歳以上の人が80パーセントを超える明神(15〜20キロ圏)も、避難場所にもなっている公民館は海沿いで、土砂崩れ危険箇所のすぐ横に建っている。

集落に流れる、のどかでゆったりとした時間。時々出くわす農作業着姿の女性たちは、私たちが道を聞くと、みんなにこにことして親切に教えてくれた。「車はおろか、ここには自転車も車いすも入れないですよ」と阿部さんは言う。この平穏が、自然災害と隣り合わせにあり、さらに原発が動くことによって壊されるのかもしれないと思うと、愕然とした。

松集落で「おしゃべりをしていたところ」という2人の女性。「原発で事故が起きたら逃げられると思いますか?」と阿部さんが聞くと、「今その話をしていたところ。私ら年寄りはどうせ逃げられないんだから」と答えた。愛媛県伊方町。2015年11月2日
松集落で「おしゃべりをしていたところ」という2人の女性。「原発で事故が起きたら逃げられると思いますか?」と阿部さんが聞くと、「今その話をしていたところ。私ら年寄りはどうせ逃げられないんだから」と答えた。愛媛県伊方町。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

高齢者の避難対策、屋内退避後の避難対策は

住民の反対運動を押し切って伊方町で原発建設が着工されたのは1973年。人口はそのころに比べて約3分の1に減った。半島でも過疎化と高齢化は深刻で、20歳以下がゼロという集落もある。10世帯未満の集落は4か所、10〜50世帯の集落は26か所だ。事故時、人々が一斉に避難する中で、要支援者の支援を「誰が」「どのように」するのか。具体的な策はない。

「県は最終的には陸海空の自衛隊を投入し、ヘリを使って人々の救出にあたるともいいますよ。でも、そもそもこんな坂道だらけの小さな集落のどこにヘリを寄せる場所があるんですか。机上の空論です。小さな集落に住んでいる人たちほど言いますよ。逃げられない、無理です、と」(阿部さん)。

細い坂道だらけの集落では、道の1本1本が住民にとっては生死に関わるといえる。事故時には放置された空き家が壊れ、道を塞ぐことも想定される。訪れた松の集落でも、80歳の男性が、「ここにも住んでない家が70ぐらいある」と教えてくれた。対策はあるのか。阿部さんは言う。「再稼動を決めた委員会(エネルギー危機管理特別委員会)で、県は空家対策として、30戸以上の集落に予算を付ける方針だとの説明をしました。でもね、30戸未満の集落なんていくらもあるんです」

あらゆる集落のあちこちに県が設置した危険箇所を示す看板が立つ。愛媛県伊方町明神。2015年11月2日
あらゆる集落のあちこちに県が設置した危険箇所を示す看板が立つ。愛媛県伊方町明神。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

さらに、伊方町の原子力災害時避難行動計画では、原発から5キロ圏外の住民は、原発の状況がA〜Dの4段階のうち、3段階目のCレベル「全面緊急事態段階」になっても、基本的には「屋内退避の指示を実施する」と書かれている。伊方原発をとめる会の草薙順一事務局長は「自宅退避をさせた後、放射能が充満する場所に誰が助けに来られるんですか? 買い物にも行けない、助けも来ない、ライフラインも使えるかどうかわからない。『屋内退避じゃなくて、これは屋内安楽死だよ』と言う人たちもいます」と話す。

さらに同計画には、住民への事故の周知に際して、Cレベルまでは「現在のところ、環境の放射能の影響はありません」とアナウンスし、最悪段階の「運用上の介入レベル事象」になってはじめて「避難の際にはマスクの着用や、ハンカチなどで口を覆うなどしてください」というアナウンスを入れることが明記されている。

これが福島原発事故を経験した日本の安倍首相が「合理的」だと「評価」した避難計画なのだ。

地滑りによってひびが入り、埋められた旧名取トンネル。国道はトンネルが多い。愛媛県伊方町。2015年11月2日
地滑りによってひびが入り、埋められた旧名取トンネル。国道はトンネルが多い。愛媛県伊方町。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

巨大地震への備えは

阿部さんは続ける。「河田恵昭さんという、国の中央防災会議・南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループの主査を務めた関西大学の教授が、南海トラフ巨大地震が来たら、四国は全部の火力発電所が津波で被災し、5か月以上停電するという論文を出しています。5か月停電したらどうなるか。非常用外部電源の燃料は10日分しか備蓄がありません。外部電源喪失が原因でメルトダウンした福島の二の舞が伊方原発で起こります。浄水場のポンプも電気を使いますから水も来ない。愛媛県は、南海トラフ巨大地震が起きたときの断水などによる水の被害人口を、約140万人の県民のうち地震直後で110万人、1か月後でも40万人と想定しています。断水などによる避難者は5か月停電を考慮せずに約56万人です」
県は、このような地震時の想定シミュレーションを出しながら、他方で避難計画も曖昧なままに原発の再稼働を容認しているのだ。

加えて、愛媛県の水道管の耐震性は全国で44位、何かあれば破裂することが容易に想定される状況だという。阿部さんは今年3月、県議会の定例会議で、これについて言及し、原発を再稼働するべきではないと述べたが、県の回答は「各家庭においては7日分を目標として飲料水の備蓄に努めるよう県の防災計画に記載いたします」などというものだった。

与侈の集会所(右)とそこに通じる道。近くには土砂崩れ危険箇所もある。愛媛県伊方町。2015年11月2日
与侈の集会所(右)とそこに通じる道。近くには土砂崩れ危険箇所もある。愛媛県伊方町。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

11月2日付の愛媛新聞によると、中村愛媛県知事は当初より「再稼働の是非の最終判断は、防災訓練とリンクしない、と強調」し続けてきたという。再稼働を容認した26日にも「訓練は未来永劫続けるので、(再稼働とは)切り離して考えた」と発言している。

「原発と避難の問題は棄民主義なんです」と草薙さんは言う。「原子力規制委員会では避難の問題は一切審査はしないことになっています。地方、つまり愛媛県に丸投げすると。でも当の愛媛県知事は、再稼働と避難の問題はリンクしないと言う。全員避難させるんだ、ということを念頭に置いていないんです」

与侈の漁港と山肌に建つ民家。愛媛県伊方町。2015年11月2日
与侈の漁港と山肌に建つ民家。愛媛県伊方町。2015年11月2日 Photo by Ryuichi HIROKAWA

県が2012年に実施した原発事故を想定した大規模な避難訓練では、天候が悪く、船やヘリが到着できなかった。先日11月9日の訓練では陸自のヘリが飛ばなかった。草薙さんは言う。「万が一を許さないこと。それが一番大事なんじゃないですか?」この原発を、絶対に動かしてはいけない。