チェルノブイリの南で見つけたひまわり畑とコウノトリ。3月終わりから4月にかけて飛来し、卵をかえし、雛を育てる。そして8月中旬にはトルコを経て中東を南下し、アフリカ南部に至る壮大な旅をする。ウクライナ。写真はすべて、1999年から2006年までの間に撮影
チェルノブイリの南で見つけたひまわり畑とコウノトリ。3月終わりから4月にかけて飛来し、卵をかえし、雛を育てる。そして8月中旬にはトルコを経て中東を南下し、アフリカ南部に至る壮大な旅をする。ウクライナ。写真はすべて、1999年から2006年までの間に撮影

原発事故後の廃墟に住み続け、紛争地帯を渡っていくコウノトリ。そのベールに包まれた渡りに、私たち人間が託す想いとは?
写真・文/広河隆一(本誌発行人)

チェルノブイリ原発の30キロ圏内に巣を作るコウノトリ。チェルノブイリの汚染地のコウノトリは、アフリカに渡って放射能で汚染されていない食べ物を食べ、体内の放射能を出すが、ストロンチウムは骨に蓄積されたままだという。ベラルーシ
チェルノブイリ原発の30キロ圏内に巣を作るコウノトリ。チェルノブイリの汚染地のコウノトリは、アフリカに渡って放射能で汚染されていない食べ物を食べ、体内の放射能を出すが、ストロンチウムは骨に蓄積されたままだという。ベラルーシ

渡りの謎

大学生の時、ラジオ放送で、「飛翔」という番組が流れた。それは嵐や、猛禽類の襲撃の中、なぜ困難な渡りをするのか、鳥が自らに問いかけながら飛ぶという、詩のような番組だった。

卒業後にイスラエルに行き、農場で休んでいたとき、コウノトリの群れが円を描きながら、上昇気流に乗って舞い上がっていくところを目撃した。それは感動の出会いだった。

実際に渡り鳥を取材したのは、チェルノブイリの廃墟に巣を作るコウノトリを撮影してからだ。これらは白コウノトリで、ヨーロッパの鳥はシュバシコウノトリといい、くちばしと脚が赤い。日本のコウノトリは足もくちばしも灰色だ。日本では多くの地名に「鴻」という字が付けられているが、それはかつて列島の多くの場所がコウノトリの営巣地だった証である。

村々の人々は、コウノトリが巣を作るといいことが起こると信じている。白コウノトリは人間の居住地の近くに巣をつくり、黒コウノトリは森の中に巣を作る。私たちになじみあるのは白コウノトリだ。事故の1週間後に住民は避難したが、コウノトリは彼らの帰りを待っている。ウクライナ
村々の人々は、コウノトリが巣を作るといいことが起こると信じている。白コウノトリは人間の居住地の近くに巣をつくり、黒コウノトリは森の中に巣を作る。私たちになじみあるのは白コウノトリだ。事故の1週間後に住民は避難したが、コウノトリは彼らの帰りを待っている。ウクライナ

何かの本でコウノトリの渡りの経路図を見た。ヨーロッパの西半分に住むコウノトリは西南をめざし、ジブラルタル海峡を渡ってアフリカに入る。そして東半分はボスポラス海峡とスエズ運河を越えてアフリカ大陸に入る。ある鳥類学者が東ヨーロッパのコウノトリの卵を、西ヨーロッパの巣に入れたら、その鳥が巣立ちをしたとき、他のコウノトリがみんな西南の方向に飛び立ったのに、この鳥だけは一羽で東南に向かったという。渡りの能力は秘密に満ちている。いつかコウノトリの番組を作りたいと思うようになった。

その夢は、テレビ朝日の「宇宙船地球号」という番組で実現した。チェルノブイリの汚染地からイスラエル・パレスチナを経てアフリカを往復するコウノトリの番組を作ることになったのだ。汚染された村で、母親ががんで亡くなり、父親はアルコール中毒になり、子ども3人だけで暮らす家があった。長女の名はナージャ(希望)。この家の屋根に巣を作っていた3羽に発信器を付け、フランスの衛星で追跡した。

東ヨーロッパから飛んできて、イスラエル東部、パレスチナとの境界近くに降り立ったコウノトリ。日本で絵に多く描かれた「松上の鶴」は、実際はコウノトリだという。鶴は木の枝には止まらない。イスラエル
東ヨーロッパから飛んできて、イスラエル東部、パレスチナとの境界近くに降り立ったコウノトリ。日本で絵に多く描かれた「松上の鶴」は、実際はコウノトリだという。鶴は木の枝には止まらない。イスラエル

8月の半ば、コウノトリはバラバラになって南を目指した。私はイスラエルで鳥たちを待った。一羽目と二羽目は、隣国ヨルダンを南下したため、見つけられなかった。かろうじて3羽目は私が待ち構えていたイスラエルの東部の湿地帯に降りて、奇跡のような偶然でその姿を撮影することができた。この鳥は、発見から1時間後には上昇気流に乗って、南に飛び発った。

コウノトリは、ヨーロッパでも幸せをもたらすといわれている。チェルノブイリの子どもにとっての幸せは「健康」、パレスチナとイスラエルの子どもにとっての幸せは「平和」。私はこのコウノトリの追跡プロジェクトを「幸せを運べ、コウノトリ」作戦と名付けた。グライダーに乗ってコウノトリと上昇気流に乗った日々を忘れられない。

飛び発った時には十数羽だったコウノトリも、渡りの途中で大群になり、イスラエルやパレスチナを通過するときには、数千、数万になる。こうした渡り鳥は、イスラエルの戦闘機や爆撃機にとって脅威で、ファントムが鳥にぶつかり「撃墜」されたこともあるため、渡りの間は出撃を控えることもある。イスラエル
飛び発った時には十数羽だったコウノトリも、渡りの途中で大群になり、イスラエルやパレスチナを通過するときには、数千、数万になる。こうした渡り鳥は、イスラエルの戦闘機や爆撃機にとって脅威で、ファントムが鳥にぶつかり「撃墜」されたこともあるため、渡りの間は出撃を控えることもある。イスラエル